講演・イベント

ぺっぺさんの話。

管理すること、権利を守ること、どちらも真剣に問い続けていく問いなんだよなという話。

スタッフと一緒にイベントに参加してきました。

『むかしMattoの町があった』自主上映会特別企画
鼎談 イタリア精神保健改革をもっと深く知りたい!
(東京講演)

◯出演者 
前トリエステ精神保健局長  ペッペ・デッラックア
180人のMattoの会代表 大熊一夫
同副代表 伊藤順一郎
(通訳:松嶋健)

今回参加したのは自分の活動を始めたのもトリエステの精神保健サービスに憧れがったからなんだよね。
医療・福祉を丸々地域で支えようとした取り組み。そんなサービスを日本に作れたらいいなと思って。
だからこそ「バザーリアと一緒に働いていたぺっぺさんの話は聞かないとね。」という軽い感じで参加しました。

日本の精神病院は、昔のイメージとは一新。改装とか新しく建てたりして、明るく開放的な病院になってきました。

でもね、ぺっぺさんは「時代が変わって、ゴリツィアの精神科に行ったバザーリアも、トリエステの精神科に行った自分も、昨日行った日本の精神科も何ら変わらないものだ。閉鎖病棟、隔離、拘束、バザーリアの時代も今も変わらない。」と語っていました。

どんなに病院が綺麗になったとしても、そこでは人であることが否定さている。その一人の人ではなく、病気をみるようになり隔離や拘束などの扱いが正当化されている。

病気に苦しんでいる人々は,多くが自分の境遇や病などに孤立している状態だと思う。
だとしたら、「抗うつ薬、電気ショック、入院」のかわりに、「どのようにしてその人に寄り添える人々を地域の中に作っていくか。が重要なのではないか?」と話してくれました。

人権というものを深く考えさせられる想いと言葉。


そもそも人権とは何か?

人間が人間らしく生きていくために必要な基本的な自由と権利の総称で、人間が生まれつき天賦(てんぷ)不可譲の基本的人権を持つということである。

日本国憲法における基本的人権は大きく分類して5つ、平等権、自由権、社会権、請求権、参政権に分類できる。

・平等権・・・差別されない権利
・自由権・・・自由に生きる権利
・社会権・・・人間らしい最低限の生活を国に保障してもらう権利
・請求権・・・きちんと基本的人権が守られるように国にお願いする権利
・参政権・・・政治に参加する権利


入院患者の権利はどれだけあるのだろうか?

平等権はなし。自由権もなし。(任意入院以外)
社会権もないし、請求権も当たり前にない。
参政権?あるわけないでしょ?ちゃんと判断できないだろうし。
全部あるわけないよ!キチガイだし!

他人に迷惑をかけてしまうかもしれない彼らに人権はないのだ。
おかしいでしょ、何するの?大丈夫?よく聞くよね。今年、いろいろあったからね。
そういう言葉をさんざん聞かされた。
で、「どうなってるのあなたのところあの人たちは?ちゃんと管理しないとダメだよ。」よく怒られました。

「そうか、縛って身動きできなくしておけばいいんだ!」
そうなるよね。

それがはたして正しいことだろうか?

人権とはあなたやあなたの周りの人だけではなく、全員に等しくあるものだと思う。

人として生きていくということ、その権利を再確認させられる機会になったかな。

当たり前になっている前提を疑い、自分たちがやっていることを真剣に問い続けていくこと。それなくして、安易に解決だけを求めても何も得られない。

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