考えていること

子どもの貧困について考えること。

生まれた環境自体が不公平であり、その不公平を無くしていくために学習支援をしていくという話。

これからの日本を担う子どもたちの6人に1人が貧困に喘いでいるという。

元来、子どもの可能性は無限大のはずだが、貧しく教育への関心が低い家庭で育つと、学力も自己肯定感も低いままになる。
そうして「連鎖」する貧困が今、日本の未来に暗い影を落とす。http://www.dailyshincho.jp/article/2015/04060800/ (デイリー新潮より)

子供の貧困についてのニュースが盛んに流れるようになってきた。
少子高齢化、保育所問題、そして貧困問題。
子どもを取り巻く環境は、大きく変わってきているようだ。

これらの問題は、その当事者でなければなかなか見えにくいものと思う。

「うちの学校にはいないよ。」
「うちの地域には、いないんじゃないかな~。」
「自分の周りにはいないかな~。」

人はいろんな人と関わりをもっているようで、案外似た人、同じ境遇やステージにいる人とつるんでる。だからこそ、立場の違う人は見えにくいのではないだろうか。

先日、貧困状態にある子供の学習支援を行うNPOを視察してきた。

場所は県南。
詳しく教えてしまうと、そこに通う子が貧困とばれて、いじめにつながることもあるかもしれないので伏せます。その団体も公にどこで活動しているかを公表していないので。

通っている子は小学校から中学校。
幅広い子たちが学習支援に来ていました。
障害のある方もいたように思います。(職業柄よくわかる。)
教えるのはボランティアの方々で、元先生とかもいました。

学習に難があるためか、生徒一人に先生一人が付き、家庭教師のようにしっかりサポートしていた。生徒によっては、教えにくそうだな~って子も何人もいたけど、根気強く教えている姿がすごいな~って感じた。

支援者の話を聞くと、年の割に時計が分からなかったり、字も読めない子もいるらしい。
普通に考えると信じられない現状だ。
それにあまり食べていないんで、食事を提供することもあるそうだ。

そのような状況というのは、関わってみなくては分からない。
自分も障害のある方々と関わって、その貧困状態に絶句したことが何度もある。

そのような状況に置かれている子たちは、将来、夢や希望を持ち得るだろうか?

みんなが学ぶべき学校は公平性を求める。
貧困がどうこうより、みんなに同じ教育を提供する。

それはあたりまえのこと。

それに対して、代表の方が言った言葉が印象的だった。

「生まれた環境自体が不公平。学校の提供する公平な学習だけでなく、不公平な無料の学習支援を行うことで、平均に近づけ公平を目指すことができる。」

深い言葉だ。

豊かに見える日本も、生まれた瞬間に先が決まっている。
とても不公平な社会だ。
だからこそ、貧困者への無料の学習支援は必要だと思う。

自分は塾も家庭教師もいたし裕福な家庭で育った。
裕福に感じたのは、今思えばだけどね。
その環境は、たまたま生まれ落ちた場所が良かっただけで、今の立場もその影響があるんだろうと思う。

自分は、誰もがチャンスのある社会にしていきたい。

だからこそ、来年には子どもの学習支援事業を市内で始めていきたいと思う。

バリアのない希望の持てる社会に実現を目指して
富と希望の再分配をしていきたい。

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