コミュニティ再生のカギは福祉にあり!

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【2017.4.24 投稿】

つい先日、金沢に行ってきた。

自分が考えているコミュニティ構想と同じような活動をしている「シェア金沢」なるものの全貌、ごちゃまぜの街作りで地域活性がどのようにできているのかを学ぶために視察研修に参加してきたという話。

2017-04-13 20.03.36


そもそもシェア金沢って何?


Share金沢は、総面積11,000坪の地域コミュニティ。住人同士の交流はもちろん、地域の住民たちが楽しく集える街になっている。天然温泉、レストラン、ライブハウスなどのアミューズメント施設、人と人との交流を楽しむ施設や機能がある。
そして、ここには障害者や高齢者、児童などの福祉的ニーズの必要な方々の住む場所を含めた福祉サービスもコミュニティの中に入っているというのが大きな特徴なのだ。

シェア金沢
http://share-kanazawa.com/town/index.html

~カンブリア宮殿~
ごちゃ混ぜの街作りで地域活性! 金沢発!大注目コミュニティの全貌
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/2016/0721/

2017-04-13 12.10.12

理事長やスタッフに話を聞いたこと、また見学した感想は想像以上にすごかった。


何がすごいのか?


ごちゃまぜのコミュニティと言っている通り、ここではあらゆる人がごちゃまぜだった。

高齢者、障害者、子どもたち、学生さんやそのどれにも属さない多くの人々が、コミュニティの中でごちゃまぜに存在していた。

住む場所や働く場所、活動する場所に全く自分と違う人たちが存在している。

人には個性があるからみんな違うけど、障害などの体の違いや知能の違い、痴呆や自閉など、より属性の異なる方々との距離は意外に大きい。

自分の生活の一部を切り取って思い返してみても、そういう方々との関わりを強く感じる人は少ないと思う。ショッピングセンターなどで会うことがあっても、そういえばそういう人いたね?って思う程度。日常的に接する機会がある人は少ないんじゃないかと思う。

大きいようで狭いこのコミュニティ空間の中では、日常的に多様な他者との関わり体験をする。
そうすると普通って概念が少なくなると思うんだよね。
いつものことだから。

ここでの生活は、”みんな違うっていうことをみんなで共有”できる。
そのうえで、「どうやってみんなで生活していこうか?」ってね。
その話し合いとかルール作りが共生社会の実現の一歩になるんじゃないかって思うんだよね。

共生社会が凝縮されたごちゃまぜコミュニティ作り。
それをあたりまえに運営できている佛子園の支援と、活動にめちゃくちゃ嫉妬しました。


まず前提として…


そもそも地域の福祉サービスをみんな知らない。

例えば、重度の障害者と同じ空間で生活していることはあるだろうか?
ほとんどの人がないと思う。
専門的な支援をするために空間を分けられてきたからね。

だから、地域にはどれくらいの障害者がいて、どこで活動しているのかも知らない人が多い。

それは、高齢者にとっても同じ事。
地域にある介護施設のことを知っている人は少ない。
(今は増えてきたから知ってるかもしれないけど。)
身近に要介護者がいる人は知っていると思うが、身近にいない人は考えたこともないのではないだろうか。


関わり体験がない中で突然の出会いが生みだすもの


情報がない中で、地域社会では突然に出会ってしまう。
電車で。買い物で。どこかの娯楽施設で。

「なんだあの人は?大丈夫か?おかしい人。気持ち悪くない?怖いな。」

多くの場合、お互いの属性が同じ、もしくは似ているコミュニティで構成されているので、ちょっと違う人が入ってくると奇異の目に変わる。異物が紛れ込んできたみたいな。

でもそれは障害者のコミュニティの中でも一緒のこと。
一般人がマイノリティなんだから。

空間を分けられて生まれた断絶が、属性が違う人への偏見とかいじめに変わっていく。

属性の似た人たちで結束を強めるのは良いことだと思う。
でも、強いがゆえに排他的な集団になってしまう。
中では「ウェルカムだよ!」って言ってても外から見ると入りづらい。

集団とかコミュニティとしては排他的になってしまうことがあることを考慮していないといけない。


地域を和える福祉が生み出す変化


違いが受け入れられる度量とそこからいい変化を生む出すためには福祉の力が必要だ。

分断から生まれる壁を壊していくには、そもそもがごちゃまぜでコミュニティを作ってしまうということ。
そこでの関わりから生まれる変化によって、違いが日常的になり、”みんなの違いをみんなで共有”できる。

また、マイノリティと思われる方も「私も参加できるかも。」という参加するためのハードルも下がるので入りやすい。
違いを前提にしたコミュニティは排他的になりようもないからね。
みんな全然違うし。

自分と違う人と関わることによって、できないことをサポートし合ったりして、一人一人に役割が生まれる。
貧困家庭の子ども宿題を車椅子のにーちゃんが教えて、そのにーちゃんの車椅子を教えてもらった子供が押してあげる。

自分にできることをやればいい。

その自分にとっての役割が居場所となり、コミュニティを構成する一人一人がイキイキしたコミュニティとして作れると思うんだよね。

障害者、高齢者、子どもたち、または一般の人たち、みんながイキイキとしたコミュニティとしてね。


これからのコミュニティ作りには福祉の力が必要だ!


属性の異なる人たちを集めるには、そもそもあらゆる福祉サービスを作ることが必要になる。

福祉はすべての市民に最低限の幸福社会的援助を提供するという理念を言う。
介護や障害者のことだけではないんですよ、実はね。
ただ高齢者が増えるので、その方々の支援を含めて町ぐるみでサポートしていく体制は必要になるけど。

あらゆる高齢者、障害者、児童、その他生活困窮者等、福祉サービスと一般の人を同じ空間で過ごせる場所を作る。

そして、地域と福祉を和えていく。

福祉2.0

支援するだけじゃなく、関わる、参加する福祉へ。

【2018.9.2 追記】

これまで考えてきた障害者が安心して過ごせる地域社会作り。
もちろんそれは必要だけど、地域にはあらゆる人が住んでいるので、みんなが安心して過ごせる地域社会作りが必要だ。

ここで得た体験が、これから行う「みんなの学校プロジェクト」に繋がっている。
みんなが折り合いをつけて過ごせるコミュニティを作ることが必要なんだって、考えが変化するきっかけになった(もとに戻ったと言うべきか)だった。

”みんな違うっていうことをみんなで共有”する。
そのうえで、「どうやってみんなで生活していこうか?」ってみんなで考える。
それで、このくらいだとみんな過ごしやすいねっていうポイントに調整していくことが必要なんだと思う。

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