SMSC

設立から3年は本当に大変だった。

苦労した3年間を乗り越えて、5年経って運営も安定してきた。それでも先の見えないトンネルは続いていくって話。

早いことで法人を設立してもう5年になる。

何となく事業も軌道に乗ってきてるっぽいです。

経営状況は悪くないからね。
安定してはいるんだろうけどまだまだ先は見えない。
だから常に不安に想いながら運営はしている状態だ。

ちなみにこのブログはデニーズで書いている。
最近デーニーズでいろいろ考えたり、計画したり、一人で集中して仕事できる時間が増えた。
そんなことも出来るようになったのは良いことだ。
現場の体制がどんどん良くなってきている証拠でもある。

でもここまで来るには大変だったし、設立当初からの3年間はとても大変だった。

自分は以前も同じような事業をしていたし知識も経験もあった。
お金はなかったけど戦略があった。
それで独立してもいけると思っていたし、大丈夫だと自分に言い聞かせて勇気をもって一歩を踏み出した。

でも独立することに誰も賛同はしてくれなかった。

今では賛同してるって言ってくれるけど、身内も不安や葛藤もあったのだろう。
当時の自分は全然賛同してくれているように感じれなかった。

1人でボートに乗って暗闇の中を大海に漕ぎ出す感じだ。

そこから一人きりの戦いが始まった。

仕事を辞めてから、新しい事業を始めても前職のスタッフや利用者を連れてこなかった。
そうしてはいけないと個人的に決めていたから。

なので初年度にグループホームを作り、一から自分で募集した。
お金がないから借金で始めて、自分はまだまだ無名でバックボーンもないから、人集めにはとても苦労した。

「自分の担当している利用者を信頼できるかわからなところに預けられない。」
あたりまえだ。そのため、半年間は一つの部屋も埋まっていなかった。

先の見えないトンネルをひたすら走るけどゴールは見えない。
通帳の残高が減っていくことだけがゴールを示していた。

そのころ自分は、看護師の親と二人で運営している状況だった。

その後、1~2カ月で2名の入居が決まる。
それでも赤字には変わりない。

そして、3~4名と定員まで入居が決まる。
4名になるとトラブルが起こり、1名退去。
また入るが、退去となる。

これは障害者だからトラブルが起こるということだけではない。
みんな急に知らない人との共同生活が始まる。
障害がなくてもトラブルは起こるだろう。
それがコミュニケーションが苦手ならなおさらだ。

マンパワーが足りないということもあったかもしれない。

なので、4名定員中3名という状況が続いた。

その後、自分の担当していた実習生がうちで働くことになる。

実は雇う原資なんてなかった。
自分の給料を下げることくらい。といっても5万円くらいだったけど。

そのため新たなグループホームを作ることにした。
これには他にも訳があって、人には相性というのが存在する。
相性が合わないと一緒に生活するのは難しい。
そのため、うちのホーム内での部屋移動もできるようにと作ったわけだ。

これは定員2名のホームを4ヶ所。
これまた原資がないので借金をして作った。

またまたトンネルを走り出すことが始まった。
勝算がなかったわけではない。
精神障害者の社会的入院はとても多く、地域にグループホームはほとんどなかったから。

でもまたすぐに埋まるわけでもなく、運転資金が減っていく状況が続いた。
数人づつ入ってくるとまたトラブルが起こる。
その収拾と部屋移動などに手を焼いた。

その頃から太り始めて、気づいたら10㎏も体重が増えていた。
多大にストレスを抱えていたんだろう。

そんな時、一人の利用者が失踪した。
警察に連絡して探し回ったけど見つからず。
途方に暮れていたが神戸で見つかった。
その後すぐに迎えに行った。 
精神的な悩みや障害をもつ方は、自分を傷つけてしまう人が多い。
未来に絶望したのだろう。
見つかったときには、「死のうと考えていた。」と話した。

その後も、もう一回いなくなった。
今度は横浜で見つかったけど、病院と相談してグループホームを退去することになった。

この時、自分も正直どうでもよくなっていた。
もうどうでもいい。全部なくなっちゃえと考えていた。
死にたいとも思っていた。 

その時に救ってくれたのはパートさんを含めたスタッフのおかげだと思う。
絶望的に考えていた自分を献身的にサポートしてくれて、ホームの中を和やかにアットホームにつくってくれていた。
おかげでどれだけ助かったろうか。とても感謝している。

これらのことが落ち着いて、ホームも安定して運営できるようになったのは、設立して2年が過ぎた頃だった。 

その後は通所の就労支援おんらが村を設立。

この時も借金して建てたと思う。
また新たなことが始まる。
利用者さんの仕事探しや工賃を上げるための試み、就職探しなど。
スタッフの募集も思うようにいかなかったけど、徐々にスタッフが入ることで、支援が充実してくる。
すると、トラブルもどんどん減ってきた。
利用者さんの家庭内でのトラブルはあるけどね。

そんなこんなで、バタバタしながらとっちらかりの3年が終了した。

このころからやっと赤字運営を脱出して、経営も安定してきた。
その後もいろいろあるんだけどね。この3年間の比じゃない。

今はとても安定していると思う。

今振り返っても映像を見ているかのように思い出す。
大分端折って書いてるけど、長くなりすぎるのでとりあえずここで終了しよう。

本当に人に助けられてここまで運営してこれたと思う。

でも、これからも先の見えないトンネルは続いていく。

絶望的な時期を乗り越えてきたからね。
自分はあの頃に一度死んだと思っている。
でもその頃を乗り越えた自分はもう負けないとも思っている。

どういうことがあっても。

まだまだ走り続けないといけないからね。

いろんな失敗が今ではもう笑い話だ。

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