プライベート

入院して1ヶ月が過ぎた今考えていること。

入院生活で感傷に浸って場合じゃない。俺はコテコテの油そばが食べたいんだ!という話。

急な体調不良によって、入院してから早1ヶ月が経とうとしている。

顔と目の色の黄疸によって、周りから肝臓が悪いんじゃないかと指摘され、さすがに自分でも体の変化にヤバイと思い通院したら、病院の看護師と医師がてんてこ舞いになって、急遽の入院が決まった。
容体は思ったほど良くなかったらしく、そのまま県内の大きな大学病院へ緊急搬送されて、入院治療が始まる。
点滴と服薬、絶対安静という治療によって症状は緩和。
地元の病院へ転院して、1週間様子みたら退院だねっ感じだった。

この辺までは前回も書いた。

しかし、状況は急変して数値がまた悪くなった。
急いで救急車によって大学病院へ逆戻りして今になる。
そこからは、点滴と服薬と安静という治療と様々な検査の繰り返しという生活だ。
もう入院して、1ヶ月が経とうとしている。

入院すると時間が増えるからね。
いろいろなことを考える。

まず1週間で退院できると思ってた時は、やってもやっても終わらない忙殺される仕事のタスクをどう処理仕切るか?を考えていた。

明日にはこれを終わらせないと。
それを終えたらこれだ。
来週までにはこれを考えてこれを終わらせないと。
今、それらの仕事が終わらずに過ぎ去ってみてもどうってことなかった。
終わってなくても状況は何一つ変わらなかった。

案外、仕事ってそんなものなのかもしれない。

自分にとってはその瞬間が絶対に必要でやるべきなんだけど、その仕事が終わらなくても会社は普通に回っている。

自分自身でキツくしてるんじゃなかろうか?
自分自身で自分の期待値を上げて、自分で勝手に苦しんでいるんじゃないか。
足るを知る。
なんとなく、そう考えると気が楽になった。

さすがに1ヶ月も強制的に休ませられるとね。
焦って生きなくても、仕事は回るし、会社も回る。寂しいけど。
もちろんだけど、社会は通常運転してる。

気張らなくていいね。
ゆっくり行こうか。
って気持ちになったよ。

忙しさにかまけて無視してきた大切な日常。
大切な人との何気ない会話。
一緒に作って一緒に食べる時間。
子どもの成長を考える日々。
おはようとおやすみ。

命あること。共に生きること。

それだけで人生十分なんだろう。

SNSによって、みんなに自分自身を知って欲しい欲求は強くなる一方で、本当に欲しいものって目の前のあなたに気にしてもらうことだけなんだなと思うんだよね。

自分が働くことの意味をもう少しきっちり考えて、丁寧に生きることも合わせて考えていかないといけないね。

てゆ〜か、入院生活で感傷に浸ってる場合じゃないんだよ。

あ〜、とにかく早く退院して、俺はコテコテの油そばが食べたいんだ!

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