廃校になった小学校の再活用と社会福祉法人化。

これまでそこを目指して活動してきたことが実現した。
まだまだ開発途中だから、完璧にはほど遠い状態なんだけども。

でも、自分の中では大きな目標を達成したというやり遂げた感があった。
今でもある。
だからだと思うけど、最近なんとなくぽっかりと穴の空いた感じがしてたんだよね。

以前、みんなの町を作るってブログに書いたけど、それはなんとなくできそうってだけで、明確な目的意識はなかったのかもしれない。なんとしてもやり遂げるという熱い思いとか。
書いただけで、特に何も動いていなかったし。

昨年の入院とその後の療養生活にかまかけて、ダラダラしてただけかもしれないけど。でも振り返ってみると、ただただ時間だけが過ぎてしまったな〜という後悔がある。

何か明確な目標とか強い目的意識が自分の中で見つからなくて、大きな穴になってふわふわしてたんだよな。多分。
めんどくさがりの人間が何かやろうとするには、安西先生が言う「断固たる決意。」ってのが必要なんだ。

日々やらなくちゃいけない仕事とか、大きなこと出来事が目の前で動きつつも、気乗りしない毎日がただ過ぎてくだけではあったけど、最近、次の大きな目的、やりたいと思うことがなんとなく見えてきた感じがする。

それは、この本を読んだことがきっかけでもある。

人新世の「資本論」 (集英社新書)

(まだ、サラッと読んだだけだから、これからさらに読みこみたいと思う。)

資本主義を脱して、エネルギーや生産手段など生活に不可欠な《コモン》を自分たちで共同管理する「脱成長コミュニズム」に進まなければならない、という点にとても共感した。(その他もいろいろ共感したけど)
《コモン》水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指すこと。

前回書いた「みんなの町」をまるまる作ってしまおうという計画(みんなの町プロジェクト)は、簡単に書くと、子どもからお年寄りが利用できる福祉サービスや教育と医療、そして住宅や交流・娯楽施設・お店など、そこのコミュニティに住めばふつうに暮らせる町を作るというもの。

市みたいな広大な規模じゃなく、もっとギュとコンパクトにしたやつね。
だいたい東京ドーム2〜3個分くらい。これならなんとなくできそうな感じするよね。
やったことないからわからないけど。

これまで考えていた町づくりは、福祉サービスを中心に町があるようなイメージだったけど、そこに資本主義と距離をおいたコモンを取り入れて、住民自治を進めてければ「みんなの町」っぽいよね。

そういうことをやっていきたいと、強く考えるようになってきた。

そもそも、社会的弱者の枠に入ってしまう人たちは、資本主義経済の社会にはそぐわない。
そういう人たちをサポートして、今の社会に適応させることも必要かもしれない。
でも、難しい、無理だよねってなった時、もしくは諦めている人でも、そうじゃない社会もあったら、はじかれる人も少なくなると思うんだよね。

Plus ultra ”もっと先へ”

だったら、そういうコミュニティを作ればいい。

資本主義と社会主義の間に存在する《みんなの町》

そういうコミュニティが、いろんな地域にいろんな形でできていったら面白いな。

これが次の目標であり、自分のこれからの道標だ。

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