久しぶりにまいぷれ稲敷の話。

久しぶりのブログ更新。
そして久しぶりにまいぷれの話。

まいぷれ稲敷について久しく書いてなかったけど、事業は継続して行っている。運営主体を特定非営利活動法人SMSCから社会福祉法人蒼天へ変えて。

紆余曲折あってやっと軌道に乗ったよ!
と言いたいところだけど、まだまだ紆余曲折の途中ではある。

2019年の12月くらいに開始して、あと3ヶ月くらいで2年になるな。早いもんだ。
廃校の工事や学校への移転、社会福祉法人化と、この2年でいろいろあったから仕方ないなと思いつつも、まいぷれスタッフも何人か入れ替わり、なんとか維持してこれてはいるといったところだ。

昨年は、個人としても大きな出来事があったし、辞めようかなと思う時期もあったんだけどね。でも最近になって特になんだけど、まいぷれチーム二人の成長が目覚ましく、そんな気持ちは吹っ飛んでしまっている。

と、いろいろ最近の思いを書いてきたけど、書きたいのはこういうことじゃない。

毎週、まいぷれスタッフミーティングをやっていて感じることなんだけど、最近になってまいぷれの良さとか強みというのが分かってきたように思う。腑に落ちてきたというべきか。

スタッフ一人で新規アプローチを月に100件くらいしてるんだけど、その中で自分の生活圏でも知らないお店とか新しいお店、都会にしかなさそうなお店も存在していることを知る。(教えてくれる。)
毎週、新たな発見がある。

生活圏の中でも自分の生活の動線に入っていなかったら全く気づかないもんなんだよね。だから、行くお店とか行動がルーティン化されていくんだろう。
日々の生活もみんな忙しいし。

まいぷれ稲敷(龍ケ崎・稲敷・美浦・河内)という絶妙なエリアの狭さのなかで、様々なカテゴリの地域情報を集めてくるから、いろんなお店のより濃い情報を集めてこれるんだなと思う。
ミーティングで聞いているだけでもほんと面白い。

こういう情報サイトだと、美容関係だとホットペッパービューティさんとか、茨城だといばナビさんとかに載せてる店舗さんも多い。(よくミーティングで名前が出てくる)

情報量が多ければ、アクセスも増えるかも知れないけど、その分探すのが手間になる。(俺のこと)店舗さんとしても見つけてもらったり、来てもらったり、人気店との差が大きくなるんじゃないかなと。情報が多いほど目立たないと結局は目に入りづらくなるから。

その点、まいぷれ稲敷は、(龍ケ崎・稲敷・美浦・河内)という絶妙なエリアの狭さの中で、より身近で濃い情報を地域の方々に見てもらえるちょうどいいサービスだと思う。競争率もエリアを絞っている分低くなる。なにより実際に足を運びやすいし。寄ってくれる可能性も高まるだろう。

まだまだ掲載店を増やしていかないと思っているから、頑張って掲載店を増やしてもらいつつ(スタッフに)、地域に住む方々と店舗さんの双方にメリットが出るようなメディアにしていきたいな〜と思っています。

身近な情報を身近な人に。

全然まとまってないけど、今回はまあいいや。

ぜひ、まいぷれ稲敷を覗いてみて下さい。https://inashiki.mypl.net/

そして、店舗さんは是非掲載を願いします!
https://inashiki.mypl.net/promotion2

「みんなのための福祉を。」創っていきたい

今月8月1日に茨城県より「みんなの拠点いなしき」の指定を頂くことができた。

みんなの拠点いなしきは、障害者の日中サービス支援型のグループホームと短期入所の2つの障害福祉サービス事業を行う場所だ。

まず日中サービス支援型のグループホームは、障害者の重度化・高齢化に対応するために、障害者の状況や体調などに応じて24時間対応するグループホーム(住む場所)。
そして短期入所事業は、自宅で暮らす障害者の家族が、どうしても都合が悪くて(冠婚葬祭や通院等)自宅にて見守りができない時、一時的に事業所へ泊まる事ができるサービスのこと。
この2つの事業をメインに展開していく。

障害のある方の支援をする場所なのに、なんで「みんなの拠点」と名付けたか?
それは、この場所も「みんなの学校」と同じように、子どもからお年寄りまで様々な方が集まり、関わり、過ごせるような場所にして行きたいと思っているから。

ただみんなの学校を始めた昨年、そして今月と、コロナのまん延防止対策による緊急事態宣言を国が発令し、茨城県もまん延防止対策を進める中、多様な人たちが集まり交流するという事業はとても相性が悪い。

なので、予定の20%くらいしかできなかった。
(子どもたちに音楽を届けるプロジェクト、ボードゲームカフェや認知症カフェなど、いろいろとやってはいたけど。)

本当はね。
学校内では児童・障害・高齢者の福祉サービスが行われ、体育館やグランドでは地域住民が運動や散歩したり、教室では住民主催の講座や勉強会・イベントが行われている。音楽室では未来のYouTuber、TikToker達が音楽やダンスの練習をし、図書室では将来の夢に向かって本を読み勉強する大人や子どもたちがいて、視聴覚室ではEスポーツの大会が行われている。
そして、みんなそれぞれの場所でそれぞれの活動をした後は、カフェで休憩していろんな人と交流する。
そうなる予定であった。多分。

それができなかった。

まだまだ現状は、コロナ終息も見えないので、理想的な形は取れないけど、その時が来たらできるようにしていくために。
そしてここでも同じような活動をしていくために「みんなの拠点」とした。

元々は高齢者の施設だったんだけど、うちが借りて障害者の事業所とした。
真ん中にある正面玄関から右手が住む場所のグループホーム。左手が日中活動出来るデイスペースになっている。
このデイスペース部分を地域の方とのイベントで使ったり、場所を貸して講座や勉強会を開いたり、ボードゲームカフェやったり、子ども食堂やったりして行きたいと思っている。

いつから出来るとはっきり言えないけど、そういう複合施設にしていく予定だ。

オンライン化が様々なところで進む中、それでも人と人の画面越しじゃない触れ合いや関わりが必要だと思っている。

なのでこの思い活動は諦めません。絶対に。

8月1日から事業所は開設したんだけど、開設までも急ピッチ、そして安定した事業へと変貌させるにも急ピッチでやっていくので、まだまだスタッフが足りません。

そのため、スタッフを募集しています。
ぜひ下記のリンクを覗いてみて。
https://en-gage.net/npo-smsc_jobs

児童・障害・高齢者と分野に捉われない「みんなのための福祉を。」提供して行きたいと思っています。

と、これを書いている今は夜勤中。なので眠い。

社会福祉法人を設立したのは先月、そして拠点開設は今月。
SMSC設立当初みたいなスタートアップ感がめっちゃ大変ですが、これからの未来の広がりを考えるとめっちゃ楽しい。

40才過ぎてもまだまだワクワクが止まらない。

“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。

久しぶりにアート鑑賞。

今回は、しもだて美術館にて開催されていた“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。2021/07/11

ちなみにもう終わってるけどね。

自分はこの写真家さんのことをよく知らなかったんだけど、奥さんに誘われたので来てみました。

そもそも、写真展に来るのって初めてかもっていうくらい、前にいつ行ったか分からない。

この鯨の迫力が凄い。

空間も合わせて、この写真がとても良かった。

どれも綺麗な写真だけど、特に光の感じがすごく良いなと。
自然、生物、星、そして地球の美しさを感じることができる写真展でした。

悩んでたり、考えごとしてたりする時は、美術館に行くといい気分転換になるんだよね。
コロナで全然行けてなかったからね。今回久しぶりに行けてよかった。

オマケ
銅像のマネをしているとこ。

息子はなんとなくノリで合わせてくれている笑

あれから1年

久しぶりの更新になったけど、入院から1年経ったので入院ネタの区切りとしての日記でも書いていこうかなと思う。

気がつけばもう1年経っているし。
まいど思うことだけど、時が経つのは早いんだね。

ちょうど緊急的に入院したのもこのくらいの梅雨の時期だった。
今年は梅雨と感じないくらい雨が少ないようだけど。

昨年はよく病室のベットから外を見ると、雨が多かったからね。(住所が違うんだけど。)
7月に入ると、全国的豪雨が広がり、洪水被害のニュースばっかり見てた。
よく見るニュースはコロナより洪水の話題で持ちきりだったことを覚えている。

それで退院したのは、7月21日(火)の午前中。
その時のことは、「今でもはっきりと覚えている。」と言いたいところだけど、あまり覚えていないw

ただ、妻が迎えにきてそのまま職場(学校)へ寄って、挨拶してから久しぶりの自宅へ帰った。

退院する前は、自分がずっと社会から隔離されている感じがしてたんだけど、どうやらみんなもコロナ禍で、社会活動を大きく制限されている状態だったから、あまり俺と変わらなかったんだなと感じた。(俺の方が少し強めの隔離状態)

入院とか退院の話とかは過去に書いたからこの辺で。
詳細はこちらの過去記事へ。

今回の”あれから1年”という内容は、入院と退院を経て感じた仕事や生活、生きることについて、1年経った今どう変化したのか?というところ。

結論から言うと、入院前の状態とあまり変わっていない。

日々やらなくちゃいけないタスクの処理と新たな事業展開は、退院後のブログを見ても、以前と変わらなくやってるし、うちの事業外での仕事も依頼されるし。

正直、生活に支障は出ている。

あれほど整った生活リズムも夜型に戻ってるし、健康的な食生活も以前より乱れている。

結局、いくら反省しても人間はなかなか変わらないということだ。
(勝手に人間代表みたいな口ぶり)

でも意識して変えられているところもある。
まずお酒は飲まない。
これで酔うことがなくなったから、考えたり、話したりと言う時間が確保できた。
それと、忙しくても家族との時間を作ること。
最低でも週1日は出かけたり、時間を共有することができている。

あとは怒ることを少なくすること。
これは特に意識するようにしている。

自分はこれまでを振り返ると怒りをベースに仕事をしていた。
社会に馴染めなかったり、生活に困難な人の支援をしてるからね。
社会にある差別や偏見、理不尽さへの怒りを、社会を変えてやるというパワーに変えて仕事してたんだと思う。

怒りのパワーはとても強い。
途切れることなく放出し続ける。

そのおかげで、ここまで進めてこれたんだと思う。

でも、無限に放出されるパワーは身を滅ぼす。
あたりまえだ。
無限なことは何一つない。
結局は限界を迎え、様々なところから悲鳴が上がる。

自分の持病は特にこの面が強く出ている。
だからこそ、より意識してコントロールできるようにしないといけない。

まあ、イライラしたり怒ってしまったりとかはもちろん今でもあるけどね。

とまあ、結果としては意識して少し変えられているところはあるけど、ほぼ変わらない。
戻ってしまったというところだ。

まとめ

結局のところ何か大きい出来事があれば、大きく何かが変わるということはないらしい。

体験や環境など、何かを変えて大きく飛躍したい人もいると思うけど、結局は自分の意思と行動の積み重ねでしかないのだ。

おしまい。

最後に自戒を込めて。

忙しさにかまけて無視してきた大切な日常。
大切な人との何気ない会話。
一緒に作って一緒に食べる時間。
子どもの成長を考える日々。
おはようとおやすみ。
命あること。共に生きること。

あたりまえの日常を大切に。

資本主義と社会主義の間に存在するみんなの町。そんな感じのコミュニティを作っていきたい。

廃校になった小学校の再活用と社会福祉法人化。

これまでそこを目指して活動してきたことが実現した。
まだまだ開発途中だから、完璧にはほど遠い状態なんだけども。

でも、自分の中では大きな目標を達成したというやり遂げた感があった。
今でもある。
だからだと思うけど、最近なんとなくぽっかりと穴の空いた感じがしてたんだよね。

以前、みんなの町を作るってブログに書いたけど、それはなんとなくできそうってだけで、明確な目的意識はなかったのかもしれない。なんとしてもやり遂げるという熱い思いとか。
書いただけで、特に何も動いていなかったし。

昨年の入院とその後の療養生活にかまかけて、ダラダラしてただけかもしれないけど。でも振り返ってみると、ただただ時間だけが過ぎてしまったな〜という後悔がある。

何か明確な目標とか強い目的意識が自分の中で見つからなくて、大きな穴になってふわふわしてたんだよな。多分。
めんどくさがりの人間が何かやろうとするには、安西先生が言う「断固たる決意。」ってのが必要なんだ。

日々やらなくちゃいけない仕事とか、大きなこと出来事が目の前で動きつつも、気乗りしない毎日がただ過ぎてくだけではあったけど、最近、次の大きな目的、やりたいと思うことがなんとなく見えてきた感じがする。

それは、この本を読んだことがきっかけでもある。

人新世の「資本論」 (集英社新書)

(まだ、サラッと読んだだけだから、これからさらに読みこみたいと思う。)

資本主義を脱して、エネルギーや生産手段など生活に不可欠な《コモン》を自分たちで共同管理する「脱成長コミュニズム」に進まなければならない、という点にとても共感した。(その他もいろいろ共感したけど)
《コモン》水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指すこと。

前回書いた「みんなの町」をまるまる作ってしまおうという計画(みんなの町プロジェクト)は、簡単に書くと、子どもからお年寄りが利用できる福祉サービスや教育と医療、そして住宅や交流・娯楽施設・お店など、そこのコミュニティに住めばふつうに暮らせる町を作るというもの。

市みたいな広大な規模じゃなく、もっとギュとコンパクトにしたやつね。
だいたい東京ドーム2〜3個分くらい。これならなんとなくできそうな感じするよね。
やったことないからわからないけど。

これまで考えていた町づくりは、福祉サービスを中心に町があるようなイメージだったけど、そこに資本主義と距離をおいたコモンを取り入れて、住民自治を進めてければ「みんなの町」っぽいよね。

そういうことをやっていきたいと、強く考えるようになってきた。

そもそも、社会的弱者の枠に入ってしまう人たちは、資本主義経済の社会にはそぐわない。
そういう人たちをサポートして、今の社会に適応させることも必要かもしれない。
でも、難しい、無理だよねってなった時、もしくは諦めている人でも、そうじゃない社会もあったら、はじかれる人も少なくなると思うんだよね。

Plus ultra ”もっと先へ”

だったら、そういうコミュニティを作ればいい。

資本主義と社会主義の間に存在する《みんなの町》

そういうコミュニティが、いろんな地域にいろんな形でできていったら面白いな。

これが次の目標であり、自分のこれからの道標だ。