スタッフのみんなへ。

スタッフのみんなへ拠点の開設とこれからの事業展開についてメールを送った。

全体メールとしては初だ。

せっかくなんで自分のログとしてもそうだし、ブログにも転載しよ。


みんなに

4月に社会福祉法人を設立して、7月より福祉サービスの運営を社会福祉法人にて開始。
9月ももう終わりだから設立してから半年が経つ。

学校への移転に始まり、社会福祉法人化、新規グループホームへの開設と、とても忙しい日々ですが、個人的にはSMSCを立ち上げて奮闘していたあの頃を思い出す。

SMSC開設当時は、私と役員しかいなく、グループホームあばさきの開設の時に母親に支援をお願いして運営を開始した。その時期に〇〇さんが加わり、にししろの開設時に〇〇さん、そして〇〇さんが加わった。
その翌年には就労支援を行うおんらが村を開設し、さらに翌年に相談支援事業まいるを開設した。

規模が大きいので今の方が大変だと思う方もいるかも知れない。

ただあの頃は規模こそ今より小さいが、俺を含めてスタッフ一人一人の能力と知識、またマンパワーも足りていなかった。特に経験値が圧倒的に足りていなかったと思う。

それに、ずっと赤字で規模を広げてきていたからメンタル的にもきつかった。
やってもやっても通帳残高が日に日に減っていく状況と先の見えないトンネルを必死に走り続けるのは体力的にも精神的にもしんどい状況が続いた。

〇〇さんによく「貧乏暇なし。」って言われていたのをよく覚えている。
今でこそ、笑い話になるからいいけど。

そんなしんどい状況を乗り越えられたのはSMSCを開設してから3年目。
おんらが村を開設して半年くらい経ってからだった。
そういう辛い状況を乗り越えられたのも、スタッフみんなの献身的なサポートがあったからだと思っています。本当に感謝してます。

と昔話はさておき、

今回みんなにメールを送っているのには理由がある。
新しい拠点の開設に伴い、他のスタッフからメッセージを伝えてみてはとの提案があったから。

それと社会福祉法人蒼天の設立はしたけど、そういえば一応理事長としてみんなに「何も伝えてなかったな。」という反省もあり、少しでもメッセージで伝えられればと思ってる。

ちなみに、最初に昔話を挟んだのは、今の状況より昔は大変だったから、このくらい死ぬ気でついてこいとかいうのではない。むしろ楽して仕事はしていきたいと自分も思ってる。
スタッフのみんなには大変な思いをさせているなと思う。それでもついてきてくれる人は頑張ってついてきてくれると嬉しい。っていう程度だ。

これから話したいのは、蒼天が行っていく事業とこれからについて。

まず

私には夢がある。
社会は日々良くなっていき、物質的にも資本的にも豊かになっている。様々な社会課題はあるけど、統計的に見れば様々な課題が年々解決されていることがよくわかる。
ただ資本の格差によって人生が変わり、妬みや僻みを生み、資本を獲得するために競争が激しくなる。本来もっとも重要な個人の生活が置き去りになってきているのではないか、と考えている。自分も含めて。
これから稲敷市のような小さな地方都市は、人口が減り(これは日本全体でもある)、学校が減り、お店が減り、インフラ等のサービスが減ってく。他の都市へ移ればいいと思う方も多いと思う。でもそこそこの地方都市なら、時間差で同じような状況になると思っている。
そういう状況でも豊かなくらしができるような新しい町を作っていきたい。
良くも悪くもインターネットの普及によって、どこにいても欲しい商品が買えて、良いサービスが受けられるようになってきた。それでも足りないサービスや、人の関わりや温もりが必要なところには、地域住民のささえあいや助け合いで生活を継続できる町にしていきたいと思っている。
そんな町づくりの実現が次の私の夢。

そして今、蒼天で行っている事業は、実はその町づくりの中心となるような事業を行っている。
(私が語る町づくりとは、多くの人が語る町づくり活動とは違い、町そのものを作るという意味。)

まず、福祉サービスは全ての人の生存権を守る仕事であり、町のなかでもより中心的な役割をもつ事業だ。
※生存権とは、「国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」のこと。

子どもも障害者も高齢者も、そして生活困窮者やその他生活することに支障がある全ての方が安心して地域で生活していくのには、医療はもちろんそうだけど、福祉はもっとも重要だと考えているから。
障害者の就労支援に生活介護、相談支援に子どもの学習支援。そして最近開設した日中サービス支援型共同生活援助も必須の機能になる。
これ以外の児童・高齢者等の福祉サービスも始める予定だ。

南食堂では管理栄養士が考えた献立をもとに、食事の提供、弁当の販売を行い、それが障害者のお仕事としてもそうですが、地域の食育にもつなげていく。

猫の手商会は、生活に支障、困難のある方への公共サービス以外で生活支援を担っていく。

まいぷれ稲敷は、地域の情報サイトとしてだけでなく、福祉や健康等の情報も合わせて提供できるようにする。

これらは全てではないけど、どれも町のインフラとなるサービス。

ちょっとわかりにくいかも知れないので、もうちょっとわかりやすく。

町の中心に公園と体育館、温泉を作る。

その周りには、児童・障害者・高齢者等のグループホーム、または泊まりの施設。市営のような低料金のアパートに誰もが住民になれるアパート、そしてゲストハウスも。

障害者等の生活に困難を抱えている方の支援や訓練をする事業、児童・高齢者の福祉サービスと地域交流を促進する事業を合わせたみんなの学校のような施設がある。

町のメインストリートには、生活に必要なお店や娯楽のお店、体験施設、交流施設があり、そこでは障害者や生活困窮者等も働いている。住んでいる人も様々で、いろんな悩みを抱えた方々、LGBTとか外人とかも含めて。

そこでは各々の役割とお仕事で助け合いながら生活が成り立っている。

みんなの力で維持していく町。

そういうみんなの町を作りたいのだ。
(イメージなので中身が変わることはあります。若干ね。)

とまあ

町を作るとか大きな夢物語に聞こえるかもしれないけど、みんなの学校を作るとか廃校をコミュニティにすると言っていた時期も周りから見れば、単なる夢物語だった。

それでも達成できたのは、やることを宣言し、みんなが日々やるべき仕事を一つずつこなしてきたからに他ならない。

うちのチームの個々の能力とスキルが他の大きな法人より優れているとは思わない。

それでも、稲敷市と地域福祉に関する包括的な連携協定を結び、廃校を獲得。みんなの学校の運営を開始して、全国初の自殺対策の連携協定を作り、締結するに至った。

振り返れば、大きな法人でもなし得ないことを今のチームでやってきた。

メンバーの入れ替わりもあったけど、新しく入ってきた人たちを含めて、以前より力がパワーアップしていると思う。

だから、社会福祉法人としてのスタートアップも乗り越えられるだろうし、もっと先へ進んでいける。

見えない先は怖いかもしれない。
リスクかもしれない。
それでも先へ進んでいった人たちだけが見える景色がある。

大丈夫。

雲の外には、青空が広がっている。

これから第二章の物語の始まりだ。

難しい課題にも果敢にチャレンジして、楽しい冒険にしていきましょう!

共生社会のその先へ。

Puls ultra

久しぶりにまいぷれ稲敷の話。

久しぶりのブログ更新。
そして久しぶりにまいぷれの話。

まいぷれ稲敷について久しく書いてなかったけど、事業は継続して行っている。運営主体を特定非営利活動法人SMSCから社会福祉法人蒼天へ変えて。

紆余曲折あってやっと軌道に乗ったよ!
と言いたいところだけど、まだまだ紆余曲折の途中ではある。

2019年の12月くらいに開始して、あと3ヶ月くらいで2年になるな。早いもんだ。
廃校の工事や学校への移転、社会福祉法人化と、この2年でいろいろあったから仕方ないなと思いつつも、まいぷれスタッフも何人か入れ替わり、なんとか維持してこれてはいるといったところだ。

昨年は、個人としても大きな出来事があったし、辞めようかなと思う時期もあったんだけどね。でも最近になって特になんだけど、まいぷれチーム二人の成長が目覚ましく、そんな気持ちは吹っ飛んでしまっている。

と、いろいろ最近の思いを書いてきたけど、書きたいのはこういうことじゃない。

毎週、まいぷれスタッフミーティングをやっていて感じることなんだけど、最近になってまいぷれの良さとか強みというのが分かってきたように思う。腑に落ちてきたというべきか。

スタッフ一人で新規アプローチを月に100件くらいしてるんだけど、その中で自分の生活圏でも知らないお店とか新しいお店、都会にしかなさそうなお店も存在していることを知る。(教えてくれる。)
毎週、新たな発見がある。

生活圏の中でも自分の生活の動線に入っていなかったら全く気づかないもんなんだよね。だから、行くお店とか行動がルーティン化されていくんだろう。
日々の生活もみんな忙しいし。

まいぷれ稲敷(龍ケ崎・稲敷・美浦・河内)という絶妙なエリアの狭さのなかで、様々なカテゴリの地域情報を集めてくるから、いろんなお店のより濃い情報を集めてこれるんだなと思う。
ミーティングで聞いているだけでもほんと面白い。

こういう情報サイトだと、美容関係だとホットペッパービューティさんとか、茨城だといばナビさんとかに載せてる店舗さんも多い。(よくミーティングで名前が出てくる)

情報量が多ければ、アクセスも増えるかも知れないけど、その分探すのが手間になる。(俺のこと)店舗さんとしても見つけてもらったり、来てもらったり、人気店との差が大きくなるんじゃないかなと。情報が多いほど目立たないと結局は目に入りづらくなるから。

その点、まいぷれ稲敷は、(龍ケ崎・稲敷・美浦・河内)という絶妙なエリアの狭さの中で、より身近で濃い情報を地域の方々に見てもらえるちょうどいいサービスだと思う。競争率もエリアを絞っている分低くなる。なにより実際に足を運びやすいし。寄ってくれる可能性も高まるだろう。

まだまだ掲載店を増やしていかないと思っているから、頑張って掲載店を増やしてもらいつつ(スタッフに)、地域に住む方々と店舗さんの双方にメリットが出るようなメディアにしていきたいな〜と思っています。

身近な情報を身近な人に。

全然まとまってないけど、今回はまあいいや。

ぜひ、まいぷれ稲敷を覗いてみて下さい。https://inashiki.mypl.net/

そして、店舗さんは是非掲載を願いします!
https://inashiki.mypl.net/promotion2

「みんなのための福祉を。」創っていきたい

今月8月1日に茨城県より「みんなの拠点いなしき」の指定を頂くことができた。

みんなの拠点いなしきは、障害者の日中サービス支援型のグループホームと短期入所の2つの障害福祉サービス事業を行う場所だ。

まず日中サービス支援型のグループホームは、障害者の重度化・高齢化に対応するために、障害者の状況や体調などに応じて24時間対応するグループホーム(住む場所)。
そして短期入所事業は、自宅で暮らす障害者の家族が、どうしても都合が悪くて(冠婚葬祭や通院等)自宅にて見守りができない時、一時的に事業所へ泊まる事ができるサービスのこと。
この2つの事業をメインに展開していく。

障害のある方の支援をする場所なのに、なんで「みんなの拠点」と名付けたか?
それは、この場所も「みんなの学校」と同じように、子どもからお年寄りまで様々な方が集まり、関わり、過ごせるような場所にして行きたいと思っているから。

ただみんなの学校を始めた昨年、そして今月と、コロナのまん延防止対策による緊急事態宣言を国が発令し、茨城県もまん延防止対策を進める中、多様な人たちが集まり交流するという事業はとても相性が悪い。

なので、予定の20%くらいしかできなかった。
(子どもたちに音楽を届けるプロジェクト、ボードゲームカフェや認知症カフェなど、いろいろとやってはいたけど。)

本当はね。
学校内では児童・障害・高齢者の福祉サービスが行われ、体育館やグランドでは地域住民が運動や散歩したり、教室では住民主催の講座や勉強会・イベントが行われている。音楽室では未来のYouTuber、TikToker達が音楽やダンスの練習をし、図書室では将来の夢に向かって本を読み勉強する大人や子どもたちがいて、視聴覚室ではEスポーツの大会が行われている。
そして、みんなそれぞれの場所でそれぞれの活動をした後は、カフェで休憩していろんな人と交流する。
そうなる予定であった。多分。

それができなかった。

まだまだ現状は、コロナ終息も見えないので、理想的な形は取れないけど、その時が来たらできるようにしていくために。
そしてここでも同じような活動をしていくために「みんなの拠点」とした。

元々は高齢者の施設だったんだけど、うちが借りて障害者の事業所とした。
真ん中にある正面玄関から右手が住む場所のグループホーム。左手が日中活動出来るデイスペースになっている。
このデイスペース部分を地域の方とのイベントで使ったり、場所を貸して講座や勉強会を開いたり、ボードゲームカフェやったり、子ども食堂やったりして行きたいと思っている。

いつから出来るとはっきり言えないけど、そういう複合施設にしていく予定だ。

オンライン化が様々なところで進む中、それでも人と人の画面越しじゃない触れ合いや関わりが必要だと思っている。

なのでこの思い活動は諦めません。絶対に。

8月1日から事業所は開設したんだけど、開設までも急ピッチ、そして安定した事業へと変貌させるにも急ピッチでやっていくので、まだまだスタッフが足りません。

そのため、スタッフを募集しています。
ぜひ下記のリンクを覗いてみて。
https://en-gage.net/npo-smsc_jobs

児童・障害・高齢者と分野に捉われない「みんなのための福祉を。」提供して行きたいと思っています。

と、これを書いている今は夜勤中。なので眠い。

社会福祉法人を設立したのは先月、そして拠点開設は今月。
SMSC設立当初みたいなスタートアップ感がめっちゃ大変ですが、これからの未来の広がりを考えるとめっちゃ楽しい。

40才過ぎてもまだまだワクワクが止まらない。

“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。

久しぶりにアート鑑賞。

今回は、しもだて美術館にて開催されていた“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。2021/07/11

ちなみにもう終わってるけどね。

自分はこの写真家さんのことをよく知らなかったんだけど、奥さんに誘われたので来てみました。

そもそも、写真展に来るのって初めてかもっていうくらい、前にいつ行ったか分からない。

この鯨の迫力が凄い。

空間も合わせて、この写真がとても良かった。

どれも綺麗な写真だけど、特に光の感じがすごく良いなと。
自然、生物、星、そして地球の美しさを感じることができる写真展でした。

悩んでたり、考えごとしてたりする時は、美術館に行くといい気分転換になるんだよね。
コロナで全然行けてなかったからね。今回久しぶりに行けてよかった。

オマケ
銅像のマネをしているとこ。

息子はなんとなくノリで合わせてくれている笑

あれから1年

久しぶりの更新になったけど、入院から1年経ったので入院ネタの区切りとしての日記でも書いていこうかなと思う。

気がつけばもう1年経っているし。
まいど思うことだけど、時が経つのは早いんだね。

ちょうど緊急的に入院したのもこのくらいの梅雨の時期だった。
今年は梅雨と感じないくらい雨が少ないようだけど。

昨年はよく病室のベットから外を見ると、雨が多かったからね。(住所が違うんだけど。)
7月に入ると、全国的豪雨が広がり、洪水被害のニュースばっかり見てた。
よく見るニュースはコロナより洪水の話題で持ちきりだったことを覚えている。

それで退院したのは、7月21日(火)の午前中。
その時のことは、「今でもはっきりと覚えている。」と言いたいところだけど、あまり覚えていないw

ただ、妻が迎えにきてそのまま職場(学校)へ寄って、挨拶してから久しぶりの自宅へ帰った。

退院する前は、自分がずっと社会から隔離されている感じがしてたんだけど、どうやらみんなもコロナ禍で、社会活動を大きく制限されている状態だったから、あまり俺と変わらなかったんだなと感じた。(俺の方が少し強めの隔離状態)

入院とか退院の話とかは過去に書いたからこの辺で。
詳細はこちらの過去記事へ。

今回の”あれから1年”という内容は、入院と退院を経て感じた仕事や生活、生きることについて、1年経った今どう変化したのか?というところ。

結論から言うと、入院前の状態とあまり変わっていない。

日々やらなくちゃいけないタスクの処理と新たな事業展開は、退院後のブログを見ても、以前と変わらなくやってるし、うちの事業外での仕事も依頼されるし。

正直、生活に支障は出ている。

あれほど整った生活リズムも夜型に戻ってるし、健康的な食生活も以前より乱れている。

結局、いくら反省しても人間はなかなか変わらないということだ。
(勝手に人間代表みたいな口ぶり)

でも意識して変えられているところもある。
まずお酒は飲まない。
これで酔うことがなくなったから、考えたり、話したりと言う時間が確保できた。
それと、忙しくても家族との時間を作ること。
最低でも週1日は出かけたり、時間を共有することができている。

あとは怒ることを少なくすること。
これは特に意識するようにしている。

自分はこれまでを振り返ると怒りをベースに仕事をしていた。
社会に馴染めなかったり、生活に困難な人の支援をしてるからね。
社会にある差別や偏見、理不尽さへの怒りを、社会を変えてやるというパワーに変えて仕事してたんだと思う。

怒りのパワーはとても強い。
途切れることなく放出し続ける。

そのおかげで、ここまで進めてこれたんだと思う。

でも、無限に放出されるパワーは身を滅ぼす。
あたりまえだ。
無限なことは何一つない。
結局は限界を迎え、様々なところから悲鳴が上がる。

自分の持病は特にこの面が強く出ている。
だからこそ、より意識してコントロールできるようにしないといけない。

まあ、イライラしたり怒ってしまったりとかはもちろん今でもあるけどね。

とまあ、結果としては意識して少し変えられているところはあるけど、ほぼ変わらない。
戻ってしまったというところだ。

まとめ

結局のところ何か大きい出来事があれば、大きく何かが変わるということはないらしい。

体験や環境など、何かを変えて大きく飛躍したい人もいると思うけど、結局は自分の意思と行動の積み重ねでしかないのだ。

おしまい。

最後に自戒を込めて。

忙しさにかまけて無視してきた大切な日常。
大切な人との何気ない会話。
一緒に作って一緒に食べる時間。
子どもの成長を考える日々。
おはようとおやすみ。
命あること。共に生きること。

あたりまえの日常を大切に。