“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。

久しぶりにアート鑑賞。

今回は、しもだて美術館にて開催されていた“高砂淳二写真展 Dear Earth“に行ってきた。2021/07/11

ちなみにもう終わってるけどね。

自分はこの写真家さんのことをよく知らなかったんだけど、奥さんに誘われたので来てみました。

そもそも、写真展に来るのって初めてかもっていうくらい、前にいつ行ったか分からない。

この鯨の迫力が凄い。

空間も合わせて、この写真がとても良かった。

どれも綺麗な写真だけど、特に光の感じがすごく良いなと。
自然、生物、星、そして地球の美しさを感じることができる写真展でした。

悩んでたり、考えごとしてたりする時は、美術館に行くといい気分転換になるんだよね。
コロナで全然行けてなかったからね。今回久しぶりに行けてよかった。

オマケ
銅像のマネをしているとこ。

息子はなんとなくノリで合わせてくれている笑

あれから1年

久しぶりの更新になったけど、入院から1年経ったので入院ネタの区切りとしての日記でも書いていこうかなと思う。

気がつけばもう1年経っているし。
まいど思うことだけど、時が経つのは早いんだね。

ちょうど緊急的に入院したのもこのくらいの梅雨の時期だった。
今年は梅雨と感じないくらい雨が少ないようだけど。

昨年はよく病室のベットから外を見ると、雨が多かったからね。(住所が違うんだけど。)
7月に入ると、全国的豪雨が広がり、洪水被害のニュースばっかり見てた。
よく見るニュースはコロナより洪水の話題で持ちきりだったことを覚えている。

それで退院したのは、7月21日(火)の午前中。
その時のことは、「今でもはっきりと覚えている。」と言いたいところだけど、あまり覚えていないw

ただ、妻が迎えにきてそのまま職場(学校)へ寄って、挨拶してから久しぶりの自宅へ帰った。

退院する前は、自分がずっと社会から隔離されている感じがしてたんだけど、どうやらみんなもコロナ禍で、社会活動を大きく制限されている状態だったから、あまり俺と変わらなかったんだなと感じた。(俺の方が少し強めの隔離状態)

入院とか退院の話とかは過去に書いたからこの辺で。
詳細はこちらの過去記事へ。

今回の”あれから1年”という内容は、入院と退院を経て感じた仕事や生活、生きることについて、1年経った今どう変化したのか?というところ。

結論から言うと、入院前の状態とあまり変わっていない。

日々やらなくちゃいけないタスクの処理と新たな事業展開は、退院後のブログを見ても、以前と変わらなくやってるし、うちの事業外での仕事も依頼されるし。

正直、生活に支障は出ている。

あれほど整った生活リズムも夜型に戻ってるし、健康的な食生活も以前より乱れている。

結局、いくら反省しても人間はなかなか変わらないということだ。
(勝手に人間代表みたいな口ぶり)

でも意識して変えられているところもある。
まずお酒は飲まない。
これで酔うことがなくなったから、考えたり、話したりと言う時間が確保できた。
それと、忙しくても家族との時間を作ること。
最低でも週1日は出かけたり、時間を共有することができている。

あとは怒ることを少なくすること。
これは特に意識するようにしている。

自分はこれまでを振り返ると怒りをベースに仕事をしていた。
社会に馴染めなかったり、生活に困難な人の支援をしてるからね。
社会にある差別や偏見、理不尽さへの怒りを、社会を変えてやるというパワーに変えて仕事してたんだと思う。

怒りのパワーはとても強い。
途切れることなく放出し続ける。

そのおかげで、ここまで進めてこれたんだと思う。

でも、無限に放出されるパワーは身を滅ぼす。
あたりまえだ。
無限なことは何一つない。
結局は限界を迎え、様々なところから悲鳴が上がる。

自分の持病は特にこの面が強く出ている。
だからこそ、より意識してコントロールできるようにしないといけない。

まあ、イライラしたり怒ってしまったりとかはもちろん今でもあるけどね。

とまあ、結果としては意識して少し変えられているところはあるけど、ほぼ変わらない。
戻ってしまったというところだ。

まとめ

結局のところ何か大きい出来事があれば、大きく何かが変わるということはないらしい。

体験や環境など、何かを変えて大きく飛躍したい人もいると思うけど、結局は自分の意思と行動の積み重ねでしかないのだ。

おしまい。

最後に自戒を込めて。

忙しさにかまけて無視してきた大切な日常。
大切な人との何気ない会話。
一緒に作って一緒に食べる時間。
子どもの成長を考える日々。
おはようとおやすみ。
命あること。共に生きること。

あたりまえの日常を大切に。

久しぶりのART観賞。前から行きたかったバンクシー展に行ってきた。

コロナの影響もあってほとんど出掛けてなかったんだけど、前から行きたかったのでバンクシー展に行ってきちゃいましたという回です。完全なるプライベート。

前回はうんちミュージアムでアソビルに来たので今回は2回目。
今回も入り口前で記念撮影。

そして会場の入り口には「風船と少女」のアートがあったので、もちろん作品と同じように写真を撮っちゃいました。

でこっちが本物です。

風船と少女
愛は空中に
ディズマランド

などなど。

最近、プライベート回が多いですが、徐々に仕事外の活動も充実してきたかな。
まだまだ、土日も仕事しなくちゃいけない時も多いですが、今後はもっとプライベートを充実させていきたいなって感じです。

以上。写真を見せる回でした。ほんと写真だけだw
次はもっとマジメなのを書く。

下記にさらにギャラリーあり。


バンクシーって?

バンクシー(Banksy, 生年月日未公表)は、英国を拠点とする匿名のアーティスト(路上芸術家)、政治活動家、映画監督。彼の風刺ストリートアートと破壊的なエピグラムは、独特のステンシル技法で実行された落書きとダークユーモアを組み合わせたものである。

バンクシー『ウィキペディア(Wikipedia)』
バンクシー

ギャラリー

丁寧な暮らしは難しい。

気がつけば早いことで退院してから1ヶ月が過ぎた。

もうすでに家での生活にも慣れ過ぎて、まるで入院していたことがだいぶ昔だったかのように今では遠い過去になっている。

これまであまり大きな怪我も病気もしてこなかったからね。
今回の入院は、これからのことを考える大きな転機になった。
(何度も書いてるが。)

自分の体のこと、家族や仲間のこと。
仕事や生活のこと。
これまでの生き方とこれからどう生きていくかについて。
などなど。

特にこれまでは、仕事と生活のバランスについて「ワークアズライフ」だと思っていた。

ワークアズライフとは、落合陽一氏が提唱する「仕事とプライベートを分けることなく、寝ている時間以外はすべて仕事であり趣味であるという考え方」としています。(ネットで検索するといろいろ出てきます。)

自分も同じように考えていたんだけどね。

ふと振り返ってみると、実際はワークが中心で、単純にライフに目を向けていなかっただけなんじゃないだろうか。
仕事と生活のバランスが取れてるって勘違いしていただけだと思うんだよね。

そもそも自分がこれまで思っていた生活・暮らしってなんだったんだろうか。

ご飯を食べて寝るだけ。たまに運動もする。
そして、ちょっと子どもの世話をするとか。そう、自分のことばっかりだ…
生活を維持していくのに必要なことはあまり何もしてこなかったし、暮らすということに目を向けてもいなかった。

生活に必要なことは人任せにして、自分は好きな仕事に没頭してただけ。
それで「ワークアズライフ」って調子に乗って言ってただけじゃないかって。

振り返って考えると、そんなふうに感じる。

だからこそ、これからは「丁寧な暮らし」をしていきたいなと。

買い物行って料理して、洗い物して掃除して、自分の時間や家族の時間を大切にする。セカセカ過ごすんじゃなく、ゆったりとスローライフで。

入院期間中に暮らし方を振り返り、退院したらそういう暮らし方をしていきたいという気持ちが強くなった。

でも、それがなかなか難しい。

実際に退院してから今まで「丁寧な暮らし」を意識して生活しているけど、なかなか継続できないんだよね。

特に情報量が多すぎてとても疲れる。

入院中はもちろん情報は少ないし、その上で自分なりにSNSやビジネス関連の情報は見ないようにしていた。

でも外に出てしまうと、それだけで情報量が増えるし制限もない。
あれもしたいし、これもしたいって思うから、インプットを増やしがちになってしまう。
けど時間は有限だから、自分にとって必要なこと以外は断捨離していかないと、ただただ情報に翻弄されて忙しいだけの日々に逆戻りしてしまう。

何度も何度も、自分にとって必要なことを振り返り、その都度断捨離していかないと、情報化社会の渦に巻き込まれてしまうんだよな。

丁寧な暮らしを意識し続けること。

それが大事。

これからも不要なものやことは増やさず、便利なSNSやIT機器関連とは距離をとって生活していきたいと思います。(できたら…) 

今後は、SNSでの交流や情報発信は減らしますが、元気にしてますって話でした。

やっと退院します

やっと明日退院します。

長いようで早かった。

入院生活もだいぶ慣れてきて楽しく過ごしているからね。
正直、少し遅れても今はどうってことない感じではあるけど。

なんだかんだで入院して1ヶ月以上過ぎてる。
これくらい過ぎると、仕事に対する焦りもほとんど無くなっているし。
まあ、なんとかなるだろうと。

今回、急遽入院することになって、たくさんの方から激励の言葉を頂いた。

「根本さんは働き過ぎです。この機会にゆっくり休んでください。」

そういう言葉をたくさんの人から頂いた。

ただただ、ありがとうございます。

感謝の言葉と共に「やっぱり働き過ぎだったんだな。」と。
みんなにそんな風に見られていたんだな〜、とつくづく感じた。

走り続けた8年間。
身体の悲鳴を聴かずに無理してきた日々。
今思うと、休息するには1ヶ月半は必要だったんだな。

おかげで精神も気力も満ちてきた気がする。
ただ体力は落ちているので、それはゆっくりと戻していこうと思う。

本当にこのタイミングで休めて良かったなと思ってる。
サポートしてくれたみんなに本当に感謝しています。

思えば入院当初はとても不安だった。
先生たちの緊急対応。救急車での転院。
検査検査の日々と服薬、点滴などの安静対応。

肝機能の著しい低下によって、
「身近な人に移植が可能な人がいますか?」と何度も質問された。
「肝臓移植の必要があるかもしれない。家族に血液等聞いておいて。」
妻は自分の肝臓が使えるなら使ってと。
弟にも聞くしかないのか…。そして親にも……。

他人の臓器をもらってまで、はたして生きる価値があるのだろうか?
大切な家族の臓器をもらう価値があるのだろうか?
必死に考えていた。
人はあると言うだろうけど俺はないと思うんだ。考えても答えは見つからない。
(ちなみに今回、肝臓移植の必要はなくほぼ原状回復です。)

そもそも、これまでどれだけ自分の身体の感覚を無視してきただろうか。
肝臓移植の必要性も考える必要があると言われてから、意識的に自分の体に向き合うようになった。

毎日の血液検査と血糖値の検査。
体温と脈拍、血圧の検査。肝生検、肝臓と心臓のカテーテル検査、MRI、CT、レントゲン、心電図などなどの検査を行って体の状態を詳しく知った。
入院生活によって心音が遅いということ。朝の血糖値が低いことを知った。
血糖値は朝が70~90くらい。お昼から夜に120~170くらい。
1日の脈の変化が70〜140くらいまである。
不整脈あり。脈の波も多い。 血圧は通常で安定。90〜130。
肝臓を含めた内臓の状態。足先から指先までの感覚。心音や脈の状態。体全体のこと。

体が感じている感覚と思考として感じている感覚の状態の調整をする。
心と体のコミュニケートをしているような感覚だ。

身体に薬剤が入り全身に行き渡る感覚。
それによる身体の変化と感じる感覚の変化。
入院生活を通して、意識的に向き合うことで身体と心の調整が今になってやっと取れてきた感じだ。

ただ、入院生活が長くなると身体の感覚がおかしくなるんだよね。
適性に管理された病院内の温度調整、空気、匂いなど。
社会との遮断によって、自然の感覚が全く分からなくなる。
雨の匂いや夏の香り、肌に感じる自然の体感など。
久しぶりに散歩した時は、ジメッとした梅雨の体感も雨に濡れる感覚さえも新鮮で気持ち良かったけどね。
普段は感じないことだけど、こういう時はこのくらいのあたり前のことでさえ幸せに感じるんだ。

入院生活が慣れてくると時間ができるから読書はだいぶ捗ったのは良かった。
積読の消化が一気にできたし。
ずっと読みたかったホモサピエンス全史(上・下)を読んで、ホモサピエンスとしての人のこれまでとこれからにつて考えて、「死」とは何か を読んで、生きること死ぬことについて考えた。死を意識することで生のありがたみを知った。

人は何かを失うことを意識して必要なことを見つけられる。

そしてこれまでの自分の生活について振り返り、医療と福祉の重要性を学んだ。
死ぬかもしれない。移植の必要性によって、医療の大切さやチームへの信頼感、ありがたさを知った。 生活を続けられること、治療が継続になるかもしれないことによって福祉のありがたさも感じることができた。
福祉という仕事をしていること、やっていることの意味や続けることの必要性と大切さとかね。

あとはね、これだけ休ませてもらったからね。
仲間の大切さも改めて感じた。仲間の力量と安心感。チームの素晴らしさと任せられることの喜び。 信頼できる人たちがいること。 本当にたくさんの人の助けで生きていられること。
そんなこんなをたくさん悩んだし考えた。
それら全てが良い時間だったし、良い体験になったと思う。

入院生活はもう慣れた。

5時に起きて読書をする
6時には顔を洗って、ファミマでコーヒーを買ってきてロビーでまた読書
8時に朝ごはんを食べて
9時からは、メールチェックしてネットで情報収集したり仕事したり
12時には昼食を食べて
13時からは体力回復のための公園散歩して仕事して
帰ってきたらシャワーを浴びて読書したり映画を見る
18時には夕食を食べてテレビか映画を見て
10時くらいに就寝する
とても健康的で規則正しい生活だ

人の環境適応って凄いね。
もうすでに入院生活はホームであり、実家での生活はアウェイなのだ。
だから退院することに焦ってはいないw

そうそう、思い出したよ。
自分が法人を立ち上げてまで創りたかった社会って。
今では御大層なビジョンを掲げているけど。

俺自身の未来
両親の未来、妻の未来
そして子どもの未来
自分の身近な人たちの未来をちょっとでも良くしたい
昨日より今日
今日より明日を少しでも良くしたい

たったそれだけだったんだ。

長くなりましたが、以上。
最後まで見てくれてありがとうございます。


入院中に読んだ本とオススメ

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振り返ってみると結構読んでるのね。

特にオススメ