おとなの新路相談室を開設しました。

数年前から始めた仕事旅行。

その仕事旅行社から、新サービスを始めるというメールが入った。

その名も「おとなの新路相談室」。

「おとなの新路相談室」は、新たな仕事に挑戦する際の不安や悩みを、各分野で活躍する先輩に ONLINE で相談できるサービス。
すでに副業や起業、移住など、新しいはたらき方を実践するたくさんの相談員の方が登録されていたので、今回も「とりあえずやってみよう。」と思い、相談室を開設することしました。

それがこちら。

ONLINE 相談サービス

「困っているあなたを助けたい。」
  福祉の仕事をしたいみんなに。

https://shinro-soudan.com/detail/N0dlIJlwyn996


前回の仕事旅行を始めたのもメールでの問合せがあり、オモシロそうだから始めただけなのだ。

仕事旅行を始めたのは2017年で、もう4年近く運営している。

オモシロそうという思いで始めたけど、参加者にも恵まれて長期的なサービスになってます。

なので、今回のおとなの新路相談室も長期的なサービスにしていきたいな〜と思っています。

おとなの新路相談室について

「困っているあなたを助けたい。」福祉の仕事をしたいみんなに。

「福祉は支援が必要な人と共に成長できるやりがいのある仕事だと思う。」

若い頃は特にやりたいこともなく、大学も親に言われた福祉の大学にいき、仕事もそのままなんとなくの流れで福祉の道を選択。
なんとなく働いていた仕事ですが、身近な人がうつになってしまったことで精神保健福祉士の資格を取り、精神障害者支援の世界へ進むことにしました。

精神障害者の支援をしている中で、日本の自殺問題に直面したことで「何とかしないと。」という思いが膨らんできました。

そして突如起こった東日本大震災。
その衝撃と被災した体験から「何かしないと。」という思いが重なり、地元へ戻りNPO法人を設立することに。

NPO法人の活動として精神障害者支援を始めたことで、貧困の問題を知り、生活困窮者世帯の子どもの学習支援を始めます。子どもの学習支援を始めると、子どもの孤食と栄養問題を知り、子ども食堂も始めました。さらに、視点を地域に広げると高齢者の支援やせいかつのしすらさの課題が見えてきたので生活支援コーディネーターの仕事も始めました。

新しい何かを始めると、様々な課題が見えてきます。

課題に気付いてしまうとやらなくちゃいけなくなる。
でも、自分ならこうできる、こうしたいと言う思いを加えれば、やりたいことへと変わっていく。

そうやってやりたい仕事へと変換してきたら、障害者支援から生活困窮者支援、子ども支援、高齢者支援、地域交流活動など、活動範囲が広がってきました。
そして現在は、廃校を活用して高齢者・障害者・児童など総合的な福祉サービスと地域の様々な人が交流することができる、多世代・多属性交流型の地域生活拠点「みんなの学校プロジェクト」へと発展しました。

これまでに出会った人々や出来事に自分の知識や体験が重なり、現在の活動までつながってきたんだと思います。

無数に作られた点は、いつか線となり結果につながります。

少しでも多くの点を作って欲しいし、この新路相談がみんなの点の一つとなったら幸いです。

【ご相談内容について】
 ・福祉の仕事について(メイン)
 ・地域、社会課題の見つけ方
 ・地域、社会活動の始め方
 ・団体の作り方
 ・NPO法人の作り方
 ・仕事や事業の作り方
 ・地域に関すること、地方創生に関することなどなど。

できる範囲で相談いたします。
また、精神保健福祉士として人生相談等もOKです。

ONLINE 相談サービス

「困っているあなたを助けたい。」
  福祉の仕事をしたいみんなに。

https://shinro-soudan.com/detail/N0dlIJlwyn996

SMSCのこれまでとこれからのこと

SMSCを立ち上げるまでとこれからのこと。
「いばしごと」というメディアの取材で、自分自身も深く見つめ直す機会になったかなと。

いばしごと ✖︎ NPO法人SMSC https://ibashigoto.net/2019/08/04/smsc/

対話形式の内容ですが、私自身のことSMSCのことがよくわかる内容になっているので自分のブログでも紹介です。


様々な人たちと一緒に育んでいく、みんなのための学校

みんなの学校いなしき

根本敏宏さんが代表を務めるNPO法人SMSC(Social Mental Support Community)では、「子どもからお年寄りまで安心して過ごせる地域社会の実現」をビジョンに掲げ、茨城県稲敷市を中心に「地域福祉2.0」を目指して活動しています。

大学から福祉について学び始めた根本さん。大学卒業後は、デイサービスでの高齢者支援から社会復帰センターでの障害者支援を経て、精神障害者支援のプロフェッショナルである「精神保健福祉士」取得を目指すことに。その後新しい福祉サービス事業所の立ち上げに参画したのち、自らが代表となりNPO法人SMSCを設立するに至ります。現在は主に精神障害者の相談支援、共同生活援助、就労支援を行うほか、稲敷市内にて自殺対策や生活困窮者支援など、地域福祉に関わる様々な事業を行っています。

そして現在、新たな取り組みとして「みんなの学校稲敷」の開設を進めています。「みんなの学校プロジェクト」は、廃校になった学校を利用して、高齢者・障害者・児童など総合的な福祉サービスと地域の様々な人が交流する場を併設した、多世代・多属性交流型の地域生活拠点を作っていく事業。福祉業界の抱える「縦割りの壁」を超えながら、地域に住むそれぞれがお互いを知るきっかけを作ることで「支え合いの化学変化」を生み出していきます。


東京に行けるならいいかな、から踏み入れた福祉の世界

tokyo

高校生のころは、福祉ではなくて服飾の世界に行きたいと思っていました。でも、親に服飾の専門学校を受験したいと言ったら、ダメだと。自分は長男ですが、ファッションを学びに東京へ出たら、もう地元には戻ってこないと思われていたみたいです。
服飾はあきらめて、「東京に行けるならどこでもいいかな」と考えてた時に、当時地元の老人ホームで看護師として働いていた母親から「これからの社会は福祉が大事になってくる。だから福祉の世界に進むことも考えてみない?」と言われたのです。福祉を学ぶためなら多少の支援もしてくれると…それもまあいいかなと思い直し、東京福祉大学という学校に進学しました。

しかし、在学中に現場実習を行った高齢者施設では、福祉に対する違和感との闘いでした。学校で学ぶ「福祉」の精神と、現場の実状とのギャップに対する違和感。正直、「福祉業界では働けない」とすら思いました。
違和感を感じたのは、利用者さんとの向き合い方についてです。実習先は比較的大きな施設で、スタッフに対して利用者さんの数があまりにも多かった。一人ひとりが抱える膨大な仕事量に比べて時間が足りず、どうしても機械的な支援になってしまっていたのです。
トイレの介助では廊下に延々と並ばせておく、お風呂の介助では洗って次、洗って次の芋洗い状態…人間同士のコミュニケーションからは遠くかけ離れた現実に、ものすごい嫌悪感を抱きましたね。

卒業前にいろいろなところで面接を受けましたが、就職先として決めたのは地元の小さな高齢者向けデイサービスです。えぇ、卒業後は両親の思惑通り、茨城に戻ることになりました。
就職先は小規模だったので、利用者さんと密に会話しながら接することができました。あの頃抱いていた違和感を無事に拭うことができましたし、やっぱりおじいさん、おばあさんと日々お話しするのは楽しかったですね。

このデイサービスで2年くらい働いたころ、転機が訪れました。身近な人の「うつ」です。気分が悪くなり、体が動かなくなる状態が長く続きました。接し方も、助け方もわからない。でも力になりたいと思って、そのときに知った「精神保健福祉士」の資格を取ることに決めました。精神保健福祉士は、精神障害者支援のスペシャリスト。この資格を取るために、働きながら学校に通いました。
無事に資格を取得することができ、知識もそれなりに蓄えることができました。その人の力になれたかというと、結局そこまでのことはできなかったのですが・・・ただ、せっかく勉強して専門性も得ることができたので、それを活用して困っている人にできることをやろうと決心しました。その後、精神障害者支援のための「社会復帰センター」に転職し、そこで5年くらい働きました。


精神病院での「社会的入院」

そこで働いている中で、日本における自殺者の問題や、精神障害者の「社会的入院」の問題に懸念を抱くようになりました。
いまも、精神病院で入院している人はたくさんいます。普通、入院は治療のために行いますよね。社会的入院は「治療の必要はないけれど入院している」そんな状態をいいます。

なぜそんなことが起きているかというと、「精神障害者が身内にいると困る」という文化が地域には根強く残っているからです。「入院したら出てくるな、戻ってくるな」という家庭も少なくありません。僕が社会復帰センターで働いていた当時、社会的入院患者は日本に7万人ほどいました。そんなにたくさんの社会的入院を病院が受け入れていると、医療費だってバカにならないし、地域や家庭側の人権に対する意識もこのままでいいのかという話になってきます。

茨城県内でもこの問題は深刻です。人口4万人と少ない稲敷市にも、精神病院はなんと3箇所もあります。病床数でいうと約750。この地域は突出して精神病院が多いのです。かつては病床の数だけ入院患者さんがいましたが、今は国の方針もあって、昔と比べると「患者さんを地域社会に関わらせていこう」という動きにはなってきています。


震災をきっかけに地元へ。SMSC立ち上げ

そういった社会問題についての理解が進んできたころ、牛久市の内科医の先生に誘われて、その人と一緒に精神障害者向けの福祉サービスの会社を始めることになりました。当時、実は福祉の仕事を辞めようと考えてはいました。でも、これは面白い話だなと感じて。思い切って新規事業の立ち上げに参画することにしました。2009年の話です。僕にとっては初めて法人を設立し、イチから事業を作るという経験になりました。ここで3年間働きながら、組織の運営というものを学びました。

東日本大震災が起こったのもこの時期です。このとき、地元である稲敷市の地域福祉が遅れていることに危機感をおぼえました。震災被害に遭った精神病院の患者やグループホーム利用者の、地域で生活する術が全然整っていなかった、という状況が浮き彫りになったのです。どうにかしたい。前職での創業経験もありましたし、地元を良くしていくには「僕が稲敷市で福祉サービスの事業所を立ち上げる」というのもひとつの手段として考えられるのではないかなと。

東京で学び、様々な福祉の現場で培ってきた経験をもって、地元稲敷市の地域福祉を良くする。僕のできる「復興支援」としては、こういうカタチがベストじゃないかと思いました。必死に頑張ってやってきたものが、あんなふうにサッと流されてしまう。ものすごい衝撃的な出来事です。あの震災がなかったら独立しようと思わなかったかもしれません。SMSCを立ち上げるきっかけになった、大きな転機となりました。

2011年10月8日に任意団体SMSCを立ち上げて、翌2012年4月4日に特定非営利活動法人SMSC設立登記。いよいよ稲敷市で福祉の仕事を始めることになりました。


区別しない、人として生きていくための支援を

イタリアでの講義

当初のSMSCが掲げていたビジョンは「精神障害のある方が、地域で生活できるようなコミュニティを作って安心して生活できる環境をつくる」というものです。
最初に取り組んだことは、精神障害を抱える方々が病院から出て、地域で生活していくための住まいづくり。「サポートシェアハウスいなしき」という、「世話人」のサポート付きで自立支援を行うシェアハウスを作りました。障害のある方が生活全般の支援を受けながら、共同生活を経て自活していく場所です。すべてのグループホームを合わせると、現在18名の方々が住んでいます。年齢層も20代から60代まで様々です。

こういった場所を作るきっかけとなったのは1冊の本でした。『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』という大熊一夫さんの本で、かつて一緒に事業を行っていた人から教えていただいたものです。タイトルの通り、現在イタリアには単科の精神病院がありません。でも、昔は精神に異常が見られる人たちを牢獄に監禁していた暗い歴史がありました。
人を横に並べてホースで洗ったり、人体実験が行われたりもしていたそうです。でも、「それはおかしい、自由こそ治療だ」と改革を進めたフランコ・バザリアという人がいました。彼の活動があって、精神病院を作ってはいけないという法律ができるに至ったのです。「バザリア法」という彼の名前を冠した法律に則り、イタリアの精神病院はどんどん減っていきました。病院の代わりに、精神障害を抱える方々は「地域に出て、地域の中で支えていく」という流れになっていったのですね。

僕は今でもスタッフに「自由こそ社会に繋がるきっかけになるんだ」と伝えています。うちのグループホームには、家族から愛された経験に乏しい方も少なくありません。だから、グループホームでは温かい家庭のような雰囲気でサポートしていこうという空気があります。スタッフのマニュアルも最低限に留めていますし、入所されている方々に対するルールもあまり無いですね。

主に精神障害者向けですが、就労支援も行っています。「おんらが村」という名前の事業所で、内職の請負や農場運営、地元農家のサポートや便利屋など、様々な仕事を用意しています。関係企業様とのつながりも強く、ゴム製品加工の内職をおんらが村として請け負いながら就労訓練を行い、先方の工場内で実習を経て就職、という流れもできつつあります。これまで2名の方がこの流れで先方に就職しています。

SMSCでは、精神障害者支援のほかにも事業を行っています。そのひとつが子どもの学習支援事業「てらこむ」。これは、生活困窮世帯の子どもたちに家庭学習を教えたり、ふれあいを通して生活訓練を行う取り組みです。目的は「貧困の連鎖を止める」。実は、貧困と精神障害は深く結びついているのです。

精神障害の支援現場で気づいたことのひとつに、利用者の貧困問題があります。貧しい家庭で育った方がとても多いのです。貧困が原因で精神障害を抱えてしまうケースもありますし、逆に精神を病んでしまったことで生活が困窮するケースもある。環境がとても大事なのです。

そして、貧困は連鎖します。親の収入が少ないことで、子どもに十分な教育を受けさせることができず、その子が大人になったときにまた「貧困家庭」を生み出してしまう。これが貧困の連鎖です。この負の連鎖は、どこかで止めなければなりません。僕が「てらこむ」を始めた目的がこれです。

また先ほど話したように、貧しい環境が精神障害を引き起こす原因になることもあるのです。「てらこむ」の対象になる子どもたちの中には、すでにその兆候が見られる子もいます。でも、早い段階ならいくらでも対処する方法が考えられるのです。発達障害の場合なんかも、幼いころから適切な養育を受けさせることで二次障害を防ぐことができうると言われていますが、それと同じです。だから、子どものうちに、いかにセーフティネットに繋げられるかが大事だと思います。

「てらこむ」では学習の支援を行っていますが、素直に机に向かってくれる子は本当に少ないです。そもそも学校に通えておらず、学習の習慣がないというのもあります。幼稚園にも通園拒否をしていたという例もあるくらいです。まずは「てらこむ」に来てもらって、話したり遊んだりする中でこちらを信頼してもらいながら、徐々に勉強に向かわせていく、という感じですね。

満足にご飯を食べていない子も多いです。お腹が空いていると、勉強にも集中できない。「てらこむ」ではお菓子や軽食を用意して一緒に食べる時間を設けているのですが、食事の様子から家庭でも孤食や欠食の状態にある子が多いらしいということがわかってきました。食事を作るところから一緒にやれば、徐々に自炊の力も高められる。そんな思いで、子ども食堂という地域に開放した調理実習の取り組みも始めています。


様々な人たちが交流する場所

みんなの学校プロジェクト

現在、茨城県稲敷市にある「旧あずま南小学校」という廃校を利用して、「みんなの学校稲敷」という地域生活拠点を作っています。

SMSCで取り組んでいる就労支援「おんらが村」、学習支援「てらこむ」、まちキッチン「あえる」など、通所のカタチで利用してもらうものを「みんなの学校稲敷」に集めます。また、新たに高齢者介護や児童発達支援の事業も同じ校内で始める予定です。

福祉支援って、児童・高齢・障害と専門領域ごとに支援施設が分かれている場合がほとんど。行政組織も縦割りになっているので、それぞれのプロが関わることが滅多にないのです。でも、先ほど話したように、社会問題はどれも密接に交わり合っているんですよね。障害者の高齢化や、生活困窮世帯の子育てなどは各分野の専門家がつながって「面」のセーフティネットを築いていかないと対応できない。それなら、1箇所に集まって支援できるようにしたほうがいいのかなと考えて、このカタチを設計しました。いわゆる総合的な福祉サービスの拠点ですね。

また、「みんなの学校稲敷」は単なる福祉施設ではありません。地場産品を活用したカフェやマルシェを運営します。グランドや体育館、音楽室や図工室なども開放して、地域で暮らす様々な人が訪れる交流拠点にしていく予定です。

僕がSMSCを立ち上げたときには「精神障害者が安心して暮らせる社会を作りたい」と考えていました。同様に、例えば認知症の支援をしている人は「認知症の人とその周りの人が安心して暮らせる社会」を目指していくと思います。同じように社会をよくしていきたいと志す人たちと話しながら、また様々な支援ケースと対峙するうちに、「みんなが住む社会はどうあるべきかを話し合う場所」を実現できないものかと考えるようになりました。そこはきっと、地域の「支え手」だけじゃなく「支えられ手」も一緒になって話し合える場所なんだろうと。

いや、もっと言えば「支援者」「受益者」なんて分類をなくして、みんながみんなのことを支え合って暮らしていく社会が理想なのかもしれません。例えば「てらこむ」や「あえる」では、高齢者に分類されるおじいちゃんやおばあちゃんたちが子どもたちの学習をサポートしてくれる場面も見受けられます。「おんらが村」の利用者である精神障害を抱える人たちは、便利屋「猫の手商会」という事業の中で、地域に暮らす人たちの草刈りや買い物代行を行うことで、住民の面倒事やお困り事を解決しています。「支え合い」の連鎖を地域の中で生み出していく拠点として「みんなの学校稲敷」を運営していきたいと思います。

石川県に「share金沢」という、ひとつの街のように作られた福祉施設があります。そこには認知症の方向けの支援施設、障害を持つ人が住んだり働いたりする施設、大学生向けの寮、誰もが食事できる店や雑貨屋、温泉、企業のオフィスなどがごちゃまぜに混在しています。視察に行ったときに目の当たりにした「ごちゃまぜ」、これこそが地域社会だと思ったんですよね。「みんなの学校いなしき」を運営するにあたって、ここを一つの目標にしたいなと。


挑戦とコミュニケーションの連続から、新しい価値を生み出す人と

仲間を募集しています。

SMSCにはいま18名のスタッフがおります。「みんなの学校稲敷」を運営していくためには、徐々にですがさらに20名くらいの人に来てもらう必要があります。

いろいろな専門知識やスキルを持っている集団にしたいなと思っています。たとえばお菓子やパンが作れる人とか、農家の経験がある人とか。基本的にはチャレンジングな人と働きたいですね。新しい取り組みをしていくことが多いと思いますので、挑戦にやりがいを感じる人にはうってつけの環境かなと思います。

コミュニケーションの多い職場ですが、苦手に感じる人がいてもいいのかなと思っています。職人気質で寡黙な方と、障害を抱える方が一緒に働くことで逆に良い影響が生まれることもありますし。「みんなの学校稲敷」を訪れる人だけでなく、一緒に働くスタッフたちのキャラクターも「ごちゃまぜ」にしたいと考えています。日本人に限らず、様々なルーツを持つ人たちにもジョインしてもらいたいです。

それぞれの専門スキルがあって、お互いにコミュニケーションを図りながら常に挑戦し続ける。そんなチームを作っていきたいです。「みんなの学校稲敷」には常に150人くらいの人がいる状態になると思います。そういった環境だからできる取り組み、たとえば地域の人たちを巻き込んで運動会とかやったらおもしろそうだなと思います。また、外部協力者にファッションデザイナーの子がいるのですが、彼とはいつも「ファッションショーをやりたいね」と話しています。障害者や高齢者、子どもたち、地元の方々が混ざり合ってランウェイを歩く、ごちゃまぜのファッションショー。こういう企みを一緒になって楽しめる人と働けたらなと思います。

こんな感じで「みんなの学校稲敷」は様々な人たちの交流拠点になっていく予定です。なんせ「ごちゃまぜ」なので、逆に「ふつう」という概念が難しくなってくるかも。そんな環境で対人支援に関わるスタッフには、偏見を持たず、あらゆる人に対して対等に向き合ってほしいですね。

新法人を設立しますという決意表明

自分は面倒くさがりで、これからもなんだかんだ先延ばしにしてしまうこともあるので、あえての決意表明です。

言ってしまったらやるしかない。
「背水の陣」そういう思いです。


新たに立ち上げる法人は社会福祉法人

社会福祉法において社会福祉法人とは、「社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人」と定義されています。ここでいう「社会福祉事業」とは、社会福祉法第2条に定められている第一種社会福祉事業及び第二種社会福祉事業をいいます。また社会福祉法人は、社会福祉事業の他公益事業及び収益事業を行うことができます。

社会福祉法人について(厚生労働省)

実は社会福祉法人を設立しようとしたのは、NPO法人を立ち上げる時にも考えていたことだ。

将来的に様々な福祉ニーズに対応したコミュニティを作ろうと考えていたので、公共性も含めて社会福祉法人化した方がいいだろうと、ぼんやり未来予想図を思い描きながらNPO法人を設立した。

現在は障害者支援事業と生活困窮者支援事業を行なっているけど、これ自体はNPO法人でも運営することはできる。なので法人格を変える必要はない。


では、なぜ今になって設立するのか?

それは、これから行う事業が総合的な福祉サービス事業であるということ。

高齢者、障害児を含めた児童、障害者、生活困窮者等の制度を超えた福祉サービス事業を複合的に行っていくので、とても公共性が高い。

さらにより公共性の高い事業を行うこともできる。

それに公共施設を利用する可能性があるというのもある。

もちろん自分にとっても莫大なお金(設備等事業開始資金)がかかるというもの大きい。

そう、いろんな事情が重なり合って作ることを決めたんだ。

しかも来年には新元号になるというから、この上なくタイミングもいい。

そういうことだ。

自分の行動のきっかけは、もちろん自分の意思もあるけど、大きな一歩を踏み出すための外的要因も大きいように思う。

一歩を踏み出すのは意外に難しい。

だからこそ、きっかけになる外からの影響、タイミングは大事だと思っている。

結局は大いなる何かに動かされているんだろうなとも思う。

ちなみに社会福祉法人で行う事業について詳しく書いていきたいんだけど、まだまだいろいろなことが本決まりではない。
そのため、もう少し話が進んで、伝えられるようになったら書こうと思う。


思い立ったが吉日

新元号が変わるタイミングで法人を立ち上げると言ったけど、まだまだ理事や評議員その他諸々についてや、設立準備会など、あらゆることが何も決まっていない…。

決まっているのは来年の5月から開始するというスタートのみ。
こういうところが自分らしいとも思う。

これから急ピッチでいろいろ進めていきます。

果たして果本当にできるのだろうか?

自分も関わりたい。
手伝いたいと思ってくれる方は、ご連絡ください。
ご連絡はお問合せからでOKです。

ぜひ、お願いします!

自分が起業したきっかけの一つは震災だった。

先日、茨城新聞社の取材を受けました。

特定非営利活動促進法成立20周年なので、その特集記事を作っているとのことです。
もう20年経つんだね。それを聞いて改めて早いなと感じた。

法律設立の契機となったと言われているのが、阪神淡路大震災。
震災があったのがその3年前なので、あの甚大な被害があった震災から23年も経っている。

またこの23年の間にも東日本大震災があり、地元の茨城県も大きな被害にあった。

その復興の際には、様々なNPO法人による復興支援は大いに活躍したと思う。もちろん地元の方々や企業の方々、また一般のボランティアや寄付の支援もあってのことだと思うけどね。

ただ、このような大きな災害や被害があったことで、NPO法人、社会的企業、社会起業家やソーシャルセクターなどが認知されるようになったという背景もある。

今後起こってほしくない災害や事故など、たくさんあるけれど、社会を良くしたいという思いを持つ人たちが増えてきたのは良いことだ。
昔はそういう人が居なかったとかじゃなくて、クローズアップされてきたことで関係人口が増えてきたということです。

ちなみに自分がNPO法人を設立したのは、2012年4月で、3.11(東日本大震災)のちょうど1年後。

あの震災が「自分が起業する」という大きな行動をとるきっかけになった
これ以上の機会はなかった。

今でこそ徐々に認知されてきたNPO法人。
地元でもそうだが、まだまだよく知らないという人も多いのではないか?
ということで、ちょこっと解説。


もう一つの起業理由についての過去記事です。

そもそもNPO法人ってなに

特定非営利活動法人(NPO法人)とは、特定非営利活動促進法に基づき法人格を取得した法人のこと。

法人格を持つことによって、法人の名の下に取引等を行うことができるようになり、団体名義での契約締結や土地の登記など、団体がいわゆる「権利能力の主体」となり、団体自身の名義において権利義務の関係を処理することができるようになりました。


特定非営利活動法人促進法とは?

この法律は、特定非営利活動を行う団体に法人格を付与すること並びに運営組織及び事業活動が適正であって公益の増進に資する特定非営利活動法人の認定に係る制度を設けること等により、ボランティア活動をはじめとする市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利活動の健全な発展を促進し、もって公益の増進に寄与することを目的とする。

特定非営利活動促進法 – e-Gov法令検索

【特定非営利活動とは、以下の20種類の分野に該当する活動】
  1.保健、医療又は福祉の増進を図る活動
  2.社会教育の推進を図る活動
  3.まちづくりの推進を図る活動
  4.観光の振興を図る活動
  5.農山漁村又は中山間地域の振興を図る活動
  6.学術、文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動
  7.環境の保全を図る活動
  8.災害救援活動
  9.地域安全活動
 10.人権の擁護又は平和の推進を図る活動
 11.国際協力の活動
 12.男女共同参画社会の形成の促進を図る活動
 13.子どもの健全育成を図る活動
 14.情報化社会の発展を図る活動
 15.科学技術の振興を図る活動
 16.経済活動の活性化を図る活動
 17.職業能力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動
 18.消費者の保護を図る活動
 19.前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動
 20.前各号に掲げる活動に準ずる活動として都道府県又は指定都市の条例で定める活動

上記のような活動で、不特定かつ多数のものの利益に寄与することを目的とするものじゃなくてはいけないこと。
NPO法人制度は、自主的な法人運営を尊重し、情報開示を通じた市民の選択、監視を前提とした制度となっている点が大きなポイント。

これは内閣府のNPOホームページより抜粋してます。説明不足なのでこちらで確認を是非。
https://www.npo-homepage.go.jp/
ちなみに、ここでは全NPO団体の情報開示ページを検索できます。もちろんうちのも。


NPO法人は無報酬?ボランティア?

NPO法人はボランティア団体と思っている人も多いのではないだろうか?

ボランティア団体なのにお金を稼いでいる。
収益事業を行なっているのはおかしいのではないか?
NPOだから儲けてはダメでしょ。

こういうのはよく聞く意見だけど、これは誤解なのだ。

ボランティアっていうと無償で行うイメージが強いけど、それは個人の活動であって、NPOは特定された非営利の活動を行う法人のこと。上の20種類の活動のことね。

非営利と言っても利益をあげちゃダメって訳じゃなくて、利益を再分配してはいけないということ。事業で得た利益は活動費に充てなくていけない。

例えば、株式会社は株主に利益を配当という形で分配できるけど、NPO法人は会員や寄付者に分配することができない。次年度の活動に充てなくてはいけないという決まり。

社会的な活動を継続して行なっていくには、ボランティアだけでなく有給のスタッフが必要だ。そのスタッフに給料を上げるには、収益を上げる必要がある。そこで残ったのが利益。

その年間の利益がなければ、次年度も社会活動をしていけないので、利益をあげて活動を継続して、さらに良いものへと発展させていく、という流れ。でも配当はなしよってこと。

株式会社とあまり変わらないでしょ?
って思う方もいるかもしれませんが、NPO法人は解散したら別のNPOまたは国などの公共団体に利益を譲渡しなければならないのでご注意を。

うちも解散したら資産譲渡という訳です…。

で、結局NPO法人というのは、公共性が高い事業を収益を上げながら継続・発展させて、社会変革を行なっていく組織と言えるのではないのかなと。

現場からは以上です!


オススメ

【NPO立ち上げ日記】#1 きっかけ

【2011/07/03 投稿】

独立して法人を立ち上げようと思ったのは、精神保健福祉士の研修会で自殺についての話を聞いたことがきっかけです。

-その前に-
日本の自殺率は年間で3万人以上となっており、最近では年間の自殺者数が13年連続で3万人を超えました。
去年一年の自殺者数は3万1690人で、前年に比べて1155人減ったものの、13年連続で3万人を超え。自殺の原因は「健康問題」が最も多く、次いで「経済・生活問題」となっています。内訳は、男性が2万2283人、女性が9407人で、約4割を40歳から60歳代の男性が占めています。
また、年代別で見ると、20歳~40歳代前半の自殺が増加傾向にあり、非正規雇用の増大やセーフティーネットの脆弱(ぜいじゃく)性が背景にあると分析している。
日テレにゅーす-http://www.news24.jp/articles/2011/06/10/04184305.html

(参考までに)

*警察庁の統計より
*WHO統計(世界) 世界的に見ても多いです。

今回の研修会では自殺についての内容で、特に茨城県の状況について話を聞きました。

茨城県の自殺者は、年間700人くらいいるそうです。
それは1日平均約2名の方が亡くなっているということになります。

交通事故での年間の死者が200人なので、その3.5倍。

私は自分の周りで自殺した人がいないこともあり、それほど多いとは思ってませんでした。
というより意識してなかった。ただ、あまりの多さに正直ビックリです。

最近は労働センターなどへの相談として、解雇や賃金・残業について、セクハラ・いじめなどの訴えが増えてきたそうだ。また特に、職場でのパワーハラスメント(職権を利用したいやがらせ)やいじめなどによる精神疾患の相談が中心になってきているとのこと。

精神医療・福祉分野で働く自分としては、そのような状況に苦しんでいる人々の力になれるか?
ならなくてはいけないのではないか??と思いました。
私自身、今後自殺者対策としてどのような活動を行っていけるか、少しでも現状を改善できるように貢献できないかと考えたのがNPO立ち上げの始まりです。


【2018/07/08 追記投稿】

NPO法人SMSCの始まりは自殺対策だった。
実は精神障害者支援をメインにやっているけど、start の思いはこれで、法人設立の際の設立趣旨書にもこんな風に書いてあるんだよね。

そして7年前に日本の自殺者数は3万人を超えていた。
で、現在は21,000人と大幅に減少している。
これは国の政策もそうだが、自殺対策関連のNPO団体の頑張りもあるだろうと思う。

ちなみに7年後の自分は、稲敷市にて自殺対策計画策定委員の副委員長と自殺未遂者支援連係構築委員会の副委員長として市内の自殺対策に取り組んでいる。

ブレてない自分。と自分を褒めたい。

ちゃんちゃん。