2021年 新年の挨拶

新年あけましておめでとうございます。

昨年の挨拶の時に、SMSCを8周年をもって解散するとお伝えしましたが、社会福祉法人の設立手続きが遅れてしまい叶いませんでした。
ただ、やっと申請手続きの目処がついたので、4月までには社会福祉法人を設立し、サービスの運営ができそうです。

社会福祉法人の設立とSMSCの解散、年内目標は達成できませんでしたが、みんなの学校いなしきへと移転して、サービスを開始できたということで半分達成という結果で良いかなと思っています。

昨年を振り返ると、コロナに翻弄された1年でした。

3月には稲敷市と包括的な地域福祉事業の連携に関する協定を結び、4月には学校へ移転。
みんなの学校いなしきの運営をスタートさせました。
同じく4月にはコロナウイルスの感染拡大によって、同月7日には安倍晋三元首相より緊急事態宣言が発令。本来、地域に開放すべく考えていた学校が開放できない(しづらい)形になってしまいました。

その後は、私が体調不良で入院して事業から一時離脱。
無事退院して事業へ復帰しましたが、いまだにコロナの収束は見えず、予定通りの事業も運営できずにいます。

構想から実際の運営まで5年。

ウイルス感染という全く想定していなかった危機に翻弄され、福祉と地域のみんなが交流することを目的とした事業は、昨年は特に相性が悪いものとなってしまいました。

本年もコロナウイルス関連の問題はどうなるかわかりませんが、社会の状況をしっかり見つつ一つ一つ対応していきたいと思います。

ただ、長年目標としていた廃校での事業展開。
コロナ禍とはいえ、やっと叶えることができました。これは昨年の最大の収穫です。
次は、新たな目標である「みんなの町プロジェクト」を本格的に始動していきたいと思います。

そして個人的なことですが、最悪な年であった本厄から後厄になります。
少しづつ、いろんなことが良くなっていくのかなと期待しています。
また体調も問題ないので、昨年に何もできなかった分、「みんなの町プロジェクト」を含めていろいろ展開していきたいと思います。

個人的なことを含めて長くなってしまいましたが、本年もよろしくお願いします。

いよいよ本年には社会福祉法人蒼天が設立され、各種福祉等サービスの事業展開をしていきます。こちらもあわせましてよろしくお願いいたします。

特定非営利活動法人SMSC 理事長
社会福祉法人蒼天設立発起人会 議長
みんなの学校いなしき 校長
根本敏宏


みんなの町プロジェクトについての過去ブログ

新構想「(仮)みんなの町プロジェクト」を開始します。

先日(2020.5.21)、設計・建築関連の方々と新構想『(仮)みんなの町プロジェクト』の会議を開始しました。

当法人は現在、稲敷市と連携協定を結び『みんなの学校プロジェクト』の1号店である「みんなの学校いなしき」を4月よりオープンさせたところだ。

学校全体の総工費がとても高くなることもあり、現状は1/2程度の規模での運営となっている。

ここは今後の資金調達の状況を見つつ、追加工事をして当初の目標通りの運営事業を増やしていく予定である。

第一弾のプロジェクトが完了していないのに、なぜ新たなプロジェクトを始めていくのか?

それは今回のプロジェクトは前回のプロジェクトより大きなものになるからだ。

プロジェクトが大きなものになると、始めるまでにも長い時間が必要になり、始めてからも完了までにはさらに長くなるかもしれない。

実際にみんなの学校プロジェクトは、事業も構想して開始に至るまで、5年の歳月がかかっている。
すぐに連携協定を結んで廃校利用ができたわけじゃない。

今回のプロジェクトは、そこまで時間をかけずに進めていきたいが、思うように進められるとは思っていない。
いざ最初の着工となっても、そこから最終的には7〜8年かかると思っている。

なので、すぐにでも動き出していこうと。

プロジェクトの内容全部は決まっていないが、まちづくりという取組だけではなく、タイトルにある通り「みんなの町」をまるまる作ってしまおうという計画だ。

みんなの学校いなしきの町バージョンだと思ってもらえればイメージしやすいと思う。

いつ始められるか分からないけど、現在のみんなの学校プロジェクトに合わせて、みんなの町プロジェクトも頑張って進めていきたいと思う。


みんなの学校プロジェクト関連の過去ブログ

地方で起こす “collective impact”

今年の1月より市より委嘱を受けた、生活支援コーディネーター(SC)というお仕事。

順調に活動を始めて3ヶ月が経ちました。
長時間ではないにせよ、月に8日活動したのでこれまで24日くらい業務しています。

現在どういう活動をしているかというと、地域住民が主体となって生活支援・介護予防サービスの充実が図れるよう、地域にある様々な社会資源(活動)を取材してその活動内容をまとめています。
その他にもいろいろあるけどね。

詳しくは過去記事を見てください。


活動についてスタッフと話しているときに考えたこと

地域にあるボランティア団体は60団体以上もあり、会員を含めるとかなりの規模になる。
1団体4~5名だとしても、300人以上の規模だ。

活動内容は様々で、高齢者のサロンや見守りやリハビリ、環境活動、障害者の支援や児童の支援まで幅広い。ただ高齢者への活動が多い印象はあるけどね。

これらの団体は、それぞれの活動を自団体もしくは少ない団体との連携のみで行っている。
そのため、より地域課題に密着した活動ができているかというとそうでもない

自団体ができる活動をできる範囲で行っているからね。
課題に対するインパクトは小さい。
みんな頑張って活動してるんだ、それではもったいない。

それらの個々の団体活動にもっとインパクトを与えられないか?という1例を考えてみた。


各団体の活動にもっとインパクトを与えられないか?の1例について

文京区と5つの非営利組織から構成される共同事業体は7月20日、厚生労働省にて、子どもの貧困解決に向けた新規事業「こども宅食」のキックオフ記者会見を行いました。

子どもの貧困を救う「返礼なし」ふるさと納税 | GARDEN | 東洋経済 …

ここまで大きくは出来ないかもしれないけれど、地方でも協働すればできるのではないか?

各団体が新しい事業を行うわけではない。
今やっている活動を持ちよって、各団体の強みを生かして、目的に合わせて協働すれば新しい取り組みが起こせるかもしれない。

「食材を集めて弁当を作り配送する。」

これはもうできていることだ。目的を何にするかだけなんだ。

こう考えるとなんかできそうな感じがしないかい?

小さくても地方の市内で起こせる “collective impact”

ということで、“collective impact” を意識した取り組みをこれからどんどん創っていきたいと思う。何事もみんなでやる方が楽しいからね!

“collective impact” とは?
立場の異なる組織(行政、企業、NPO、財団、有志団体など)が、組織の壁を越えてお互いの強みを出し合い社会的課題の解決を目指すアプローチのこと。

コミュニティ再生のカギは福祉にあり!

2017.4.24 投稿

つい先日、金沢に行ってきました。

自分が考えているコミュニティ構想と同じような活動をしている「シェア金沢」なるものの全貌、ごちゃまぜの街作りで地域活性がどのようにできているのかを学ぶために視察研修に参加してきたという話。

2017-04-13 20.03.36

そもそもシェア金沢って何?

Share金沢は、総面積11,000坪の地域コミュニティ。住人同士の交流はもちろん、地域の住民たちが楽しく集える街になっている。天然温泉、レストラン、ライブハウスなどのアミューズメント施設、人と人との交流を楽しむ施設や機能がある。
そして、ここには障害者や高齢者、児童などの福祉的ニーズの必要な方々の住む場所を含めた福祉サービスもコミュニティの中に入っているというのが大きな特徴なのだ。

シェア金沢
http://share-kanazawa.com/town/index.html

~カンブリア宮殿~
ごちゃ混ぜの街作りで地域活性! 金沢発!大注目コミュニティの全貌
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/2016/0721/

2017-04-13 12.10.12

理事長やスタッフに話を聞いたこと、また見学した感想は想像以上にすごかった。


何がすごいのか?

ごちゃまぜのコミュニティと言っている通り、ここではあらゆる人がごちゃまぜだった。

高齢者、障害者、子どもたち、学生さんやそのどれにも属さない多くの人々が、コミュニティの中でごちゃまぜに存在していた。

住む場所や働く場所、活動する場所に全く自分と違う人たちが存在している。

人には個性があるからみんな違うけど、障害などの体の違いや知能の違い、痴呆や自閉など、より属性の異なる方々との距離は意外に大きい。

自分の生活の一部を切り取って思い返してみても、そういう方々との関わりを強く感じる人は少ないと思う。ショッピングセンターなどで会うことがあっても、そういえばそういう人いたね?って思う程度。日常的に接する機会がある人は少ないんじゃないかと思う。

大きいようで狭いこのコミュニティ空間の中では、日常的に多様な他者との関わり体験をする。
そうすると普通って概念が少なくなると思うんだよね。
いつものことだから。

ここでの生活は、”みんな違うっていうことをみんなで共有”できる。
そのうえで、「どうやってみんなで生活していこうか?」ってね。
その話し合いとかルール作りが共生社会の実現の一歩になるんじゃないかって思うんだよね。

共生社会が凝縮されたごちゃまぜコミュニティ作り。
それをあたりまえに運営できている佛子園の支援と、活動にめちゃくちゃ嫉妬しました。


まず前提として…。

そもそも地域の福祉サービスをみんな知らない。

例えば、重度の障害者と同じ空間で生活していることはあるだろうか?
ほとんどの人がないと思う。
専門的な支援をするために空間を分けられてきたからね。

だから、地域にはどれくらいの障害者がいて、どこで活動しているのかも知らない人が多い。

それは、高齢者にとっても同じ事。
地域にある介護施設のことを知っている人は少ない。
(今は増えてきたから知ってるかもしれないけど。)
身近に要介護者がいる人は知っていると思うが、身近にいない人は考えたこともないのではないだろうか。


関わり体験がない中で突然の出会いが生み出すもの

情報がない中で、地域社会では突然に出会ってしまう。
電車で。買い物で。どこかの娯楽施設で。

「なんだあの人は?大丈夫か?おかしい人。気持ち悪くない?怖いな。」

多くの場合、お互いの属性が同じ、もしくは似ているコミュニティで構成されているので、ちょっと違う人が入ってくると奇異の目に変わる。異物が紛れ込んできたみたいな。

でもそれは障害者のコミュニティの中でも一緒のこと。
一般人がマイノリティなんだから。

空間を分けられて生まれた断絶が、属性が違う人への偏見とかいじめに変わっていく。

属性の似た人たちで結束を強めるのは良いことだと思う。
でも、強いがゆえに排他的な集団になってしまう。
中では「ウェルカムだよ!」って言ってても外から見ると入りづらい。

集団とかコミュニティとしては排他的になってしまうことがあることを考慮していないといけない。


地域を和える福祉が生み出す変化

違いが受け入れられる度量とそこからいい変化を生む出すためには福祉の力が必要だ。

分断から生まれる壁を壊していくには、そもそもがごちゃまぜでコミュニティを作ってしまうということ。
そこでの関わりから生まれる変化によって、違いが日常的になり、”みんなの違いをみんなで共有”できる。

また、マイノリティと思われる方も「私も参加できるかも。」という参加するためのハードルも下がるので入りやすい。
違いを前提にしたコミュニティは排他的になりようもないからね。
みんな全然違うし。

自分と違う人と関わることによって、できないことをサポートし合ったりして、一人一人に役割が生まれる。
貧困家庭の子ども宿題を車椅子のにーちゃんが教えて、そのにーちゃんの車椅子を教えてもらった子供が押してあげる。

自分にできることをやればいい。

その自分にとっての役割が居場所となり、コミュニティを構成する一人一人がイキイキしたコミュニティとして作れると思うんだよね。

障害者、高齢者、子どもたち、または一般の人たち、みんながイキイキとしたコミュニティとしてね。


これからのコミュニティ作りには福祉の力が必要だ!

属性の異なる人たちを集めるには、そもそもあらゆる福祉サービスを作ることが必要になる。

福祉はすべての市民に最低限の幸福社会的援助を提供するという理念を言う。
介護や障害者のことだけではないんですよ、実はね。
ただ高齢者が増えるので、その方々の支援を含めて町ぐるみでサポートしていく体制は必要になるけど。

あらゆる高齢者、障害者、児童、その他生活困窮者等、福祉サービスと一般の人を同じ空間で過ごせる場所を作る。

そして、地域と福祉を和えていく。

福祉 2.0

支援するだけじゃなく、関わる、参加する福祉へ。


シェア金沢 ギャラリー


【2018.9.2 追記】

これまで考えてきた障害者が安心して過ごせる地域社会作り。
もちろんそれは必要だけど、地域にはあらゆる人が住んでいるので、みんなが安心して過ごせる地域社会作りが必要だ。

ここで得た体験が、これから行う「みんなの学校プロジェクト」に繋がっている。
みんなが折り合いをつけて過ごせるコミュニティを作ることが必要なんだって、考えが変化するきっかけになった(もとに戻ったと言うべきか)だった。

”みんな違うっていうことをみんなで共有”する。
そのうえで、「どうやってみんなで生活していこうか?」ってみんなで考える。
それで、このくらいだとみんな過ごしやすいねっていうポイントに調整していくことが必要なんだと思う。

撤退戦について考える。

この前、R-SICに参加してきた。

誰が地方創生を成功に導く?
〜救世主はどこから来て、そしてどこへいくのか〜

というセッションがあった。

このセッションでは限界集落とも呼ばれる市役所の職員も登壇していた。
そして日南市という稲敷市に近い人口の市の職員も登壇していた。

その話の中で特に印象に残っているのは、人口流出や人口減が大きくなっていく中で、この流れは止められないということ。
様々な取り組みで人口増を目指しても難しいし、どう人口減を受け入れて、市の文化や歴史を継承して終息していくか?
「終わり方が大事だし考えていかなくてはいけないことだよねっ。」て話していたことだ。

おいおい、これから頑張って市の人口を増やしていこうよ。
それを改善していかないとって思うよね。
自分もそう思っていたし、そういう活動に貢献していきたいと思ってた。

でも地域の学校では生徒が減り、廃校が増えてきた。
同級生が5~15人と学級運営も難しくなり、コミュニティーが減少し、クラブ活動の運営が出来なく遠くまで行くしかなくなった。

これは学校のことだが、これからの医療や福祉はどうだろうか?
減少していくし、消滅もありえる。
インフラ整備もそう、人口が減れば行き届かなくなる。

それを防いでいくには人口を増やしていくしかない。
となると、高速道路や企業送致して人口を増やさないとって考える。
どこもそうだし、結局は少なくなる人口のパイの奪い合いでしかないと思う。

でもね、そもそも論として市の人口はどれくらいが妥当なのだろうか?

また日本の人口はどれくらいが妥当なんだろうか?

資本主義で考えれば、増やせばいいと思うけど。
まだまだ増やすべきか?多すぎなのか?

下記は、これまでの人口構造の変化グラフ。

明らかに1900年から2000年の間に急増している。

まあ世界的にも人増え過ぎなんだろうけど。

人口減少という現象は、増え過ぎた人口の振り戻しではないだろうか?

2000年から明らかに人口が減っていく中で、地方創生を叫び人口増を目指していくことは必要なのか?
環境問題を含め、人が関わる社会問題も多くなってきたからね。

市の人口増を目指すなら、近隣とのパイの奪い合いだし、それが市の在り方なのかを検討していく方が良いのではないかと思う。

人口増を目指して、それを想定してあらゆるものを整備していく。
でも期待値での整備がかかりすぎるよね。まあ後出しだろうけど。

それとも、例えば稲敷市の人口は20,000万人として目標を立て、そのための市の環境整備をしていく。

20,000万人が安心して暮らせるインフラや教育、医療や福祉を提供する。
そういう衰退を含めた計算がこれから必要なんじゃないかと思う。
今後想定されるであろう人数とそれでも維持していくための細かな都市計画ね。

自分は後者だと思うんだよね。

自分は稲敷市が好きだし、どうにかしたいけど、こういう衰退した後の市の在り方も考えていくことが大切だと思う。

それは会社にしてもそう、地域の終息を含めて、撤退戦を考えながら運営していくこと。

これからは衰退していく地域の中でどう生きていくのか?

さらに多くの人が考えなくてはいけない問いになってくると思う。

「あなたはどこで生活しますか?

自分はまだ稲敷市で頑張っていこうと思っていますけどね。
やれることはやっていきます!