撤退戦について考える。

この前、R-SICに参加してきた。

誰が地方創生を成功に導く?
〜救世主はどこから来て、そしてどこへいくのか〜

というセッションがあった。

このセッションでは限界集落とも呼ばれる市役所の職員も登壇していた。
そして日南市という稲敷市に近い人口の市の職員も登壇していた。

その話の中で特に印象に残っているのは、人口流出や人口減が大きくなっていく中で、この流れは止められないということ。
様々な取り組みで人口増を目指しても難しいし、どう人口減を受け入れて、市の文化や歴史を継承して終息していくか?
「終わり方が大事だし考えていかなくてはいけないことだよねっ。」て話していたことだ。

おいおい、これから頑張って市の人口を増やしていこうよ。
それを改善していかないとって思うよね。
自分もそう思っていたし、そういう活動に貢献していきたいと思ってた。

でも地域の学校では生徒が減り、廃校が増えてきた。
同級生が5~15人と学級運営も難しくなり、コミュニティーが減少し、クラブ活動の運営が出来なく遠くまで行くしかなくなった。

これは学校のことだが、これからの医療や福祉はどうだろうか?
減少していくし、消滅もありえる。
インフラ整備もそう、人口が減れば行き届かなくなる。

それを防いでいくには人口を増やしていくしかない。
となると、高速道路や企業送致して人口を増やさないとって考える。
どこもそうだし、結局は少なくなる人口のパイの奪い合いでしかないと思う。

でもね、そもそも論として市の人口はどれくらいが妥当なのだろうか?

また日本の人口はどれくらいが妥当なんだろうか?

資本主義で考えれば、増やせばいいと思うけど。
まだまだ増やすべきか?多すぎなのか?

下記は、これまでの人口構造の変化グラフ。

明らかに1900年から2000年の間に急増している。

まあ世界的にも人増え過ぎなんだろうけど。

人口減少という現象は、増え過ぎた人口の振り戻しではないだろうか?

2000年から明らかに人口が減っていく中で、地方創生を叫び人口増を目指していくことは必要なのか?
環境問題を含め、人が関わる社会問題も多くなってきたからね。

市の人口増を目指すなら、近隣とのパイの奪い合いだし、それが市の在り方なのかを検討していく方が良いのではないかと思う。

人口増を目指して、それを想定してあらゆるものを整備していく。
でも期待値での整備がかかりすぎるよね。まあ後出しだろうけど。

それとも、例えば稲敷市の人口は20,000万人として目標を立て、そのための市の環境整備をしていく。

20,000万人が安心して暮らせるインフラや教育、医療や福祉を提供する。
そういう衰退を含めた計算がこれから必要なんじゃないかと思う。
今後想定されるであろう人数とそれでも維持していくための細かな都市計画ね。

自分は後者だと思うんだよね。

自分は稲敷市が好きだし、どうにかしたいけど、こういう衰退した後の市の在り方も考えていくことが大切だと思う。

それは会社にしてもそう、地域の終息を含めて、撤退戦を考えながら運営していくこと。

これからは衰退していく地域の中でどう生きていくのか?

さらに多くの人が考えなくてはいけない問いになってくると思う。

「あなたはどこで生活しますか?

自分はまだ稲敷市で頑張っていこうと思っていますけどね。
やれることはやっていきます!

障害者福祉サービス戦国時代。

久しぶりの更新だ...。

忙しかったからね、最近特にさ。
なんとなくストレスも溜まりがちで、体重も増加中。
体に出るタイプだからね。わかりやすいからいいけど。

戦国時代

なぜこんな題名にするのか?
戦争をするわけではないですよ。あたりまえだけど。

この前、仕事の都合で名古屋に出張してきました。
向こうの福祉サービスの状況と参入が可能かどうかの視察です。
どのようなサービスがいいか?ニーズは?連携は?場所は?地元の反応は?
などなどです。
サービスによっては、もちろん参入の余地はあるが物価の違いが大きいから多くの資金が必要だし、地元の反発も都会だけど多そうな感じ。(都会だからか?)

それと、福祉サービスがどんどん増えてきていること。放課後等デイとかね。
それ以外のサービスも増えているけど。
これは、全国的な流れなんだろうと。
まだまだ穴場はあると思うけどね。

障害福祉サービスが儲かると思った営利企業がどんどん参入してくる。
それが故の問題もだんだんクローズアップされてきたし。
障害児預かり、不正相次ぐ 20業者を行政処分 - 日本経済新聞

まあ、A型とか他のサービスでもそうだけど。

介護が営利企業でも参入できるようになり、利用者の取り合いや職員の取り合いも増えて、様々な問題や潰れてしまう会社もたくさん出てきた。
老人福祉・介護事業者の倒産、過去最多 2015年 - 朝日新聞

同じ流れをくむ障害福祉サービスもこれからそうなるだろうなと思ってたからね。
自分は早い段階で起業することを考えてた。
そして早くに実行したし。
大手と戦うだけの資金や地盤がこれからは必要だと考えていたからね。

だから、これからは取り合いになっていくんだろうと思ってたけど、そういう時代に突入してきたって感だ。
まだ地元ではそこまでではないけどね。
でも、近くにはいくつか施設が立つのは知ってるし、この流れはもっと強まっていくと思うんだ。

さてさて、どうしたもんか…。
まあ自分なりのプランを持ってるから焦ってはないけどさ。
うちとして障害のある方々の支援、ご家族の支援、そして関係者の支援をさらに精一杯やっていくことが重要なことだし、様々な社会問題の解決の兆しとなる。
だから、より高みを目指して頑張る。

それと村計画。
廃校とかも考えていたけど、どうやら行政は大人の事情が強いみたいだ。
興味ないからね、俺はそういうめんどくさいの。
別の場所でやるか、別のことをやるかを考えている。

そんな中、近くの自治体でCCRCの計画が進んでいるとか。
サブ的な感じだけど、今後少し関わっていけそうな雰囲気なんだよね。
計画を見せてもらったら、自分が考えるコミュニティ計画とすご~く似てる。
ただ自分は高齢者以外のサービスも組み入れるけどね。

あ~、俺もやりたいな~って。
廃校とか小さいコミュニティとかじゃなく、もっとでっかいやつをド~ンと。
話を聞いてると、小さくまとめるのもめんどいから、もっと大きく計画していこうと思ったよ。

CCRC計画の発起人にいろいろ興味深く聞いてたらさ、
「稲敷市では君がやればいいじゃん!」って言ってた。
めっちゃ金かかるのに平然と。
できる人のそういうゆとりが自分は大好きです。
凄すぎてついてけないけど頑張るしかないね。

まあなんやかんやで戦国時代だけどさ…

こんな感じで旗掲げて頑張りますよ。
とりあえずさ。

まとまんないけど今日はここで終了。

ユニバーサルな町へするためにはハード面よりソフト面?

障害のある方が地域で生活していくためには様々な障害がある。

その障害をサポートする仕組みとして障害福祉サービスがあり、様々なサービスを行う事業所がある。

うちはこれまで、稲敷市内で障害者が安心して生活する仕組みとして、住む・働く・相談するといった事業を作りサービスを行ってきた。
これらがあればとりあえず地域で生活していけるだろうと思っていたからね。
もちろんまだまだ必要なニーズを見たしているかというとそうでもない。
サービスの種類も数も全然足らないので、これから徐々に増やしていこうとは考えている。

働いて住んで相談する。
「これだけできればいろいろ改善できる」とは思う。
まあ、ある程度社会になじんで生活できるとは思うけど、それでもみんなと同じような生活をしたり、地域の方々との関わりにはまだ大きな距離があるんだ。

これは先日、R-SICに参加して感じた事なんだけど。特にスタディーツアーで。

車イスに乗って町へ出たりコンビ二に行ったり。
アイマスクをして町を歩いてショッピングセンターに行ったり。
(障害者支援者の方がガイドしてくれています。)

実際に町に出てみるとね、ちょっと進むだけで障害ばっかりなんです。

段差が多かったり、点字ブロックがあったりなかったり、急になくなって困る時もある。
トイレは使えないし、キャッシュディスペンサーは車イスからは見えにくいし、後ろから暗証番号が見られてしまう。
目が見えない中、同伴者と弁当を買っても、説明されても商品の想像がつかないし、味も分からない。
ショッピングセンターに行っても段差は多いし、歩行スペースに商品が陳列されて通れない。建物自体が非常時に逃げられない構造になっている。などなど。
あげればきりがないくらいの障害がある。

バリアフリーやユニバーサルデザインを考えると、障害者用トイレ(多目的)を作ってスロープを作ってとかを考えるけど、それ以外の障害が町には多すぎる。
何となくみんなの視線や対応が気になったりなども含めてね。
体験してみて感じるのは、自分だったら日用品を買うだけで一日が終わってしまうということ。

これはやってみないと分からない。
「障害者って大変だよね。」って理解したとしても、その2倍3倍は障害理解ができる試みだと思う。

福祉の大学では授業で同じことをしてたんですけどね。
この取り組みに一般の方々に参加してもらうということは、障害者への理解やソフト面の改善に大きくつながる。

施設側のハード面はコストなど金銭に大きく関わる。
そこを変えていくことはもちろん大事だけど急速に変えていくことは難しい。
その中で障害をなくしていくためにはソフト面の改善が大事なんだよね。

「あたし、困っています。誰か助けて下さい。」
「何に困っていますか?手伝いますよ。」

これで町に出た時のいろんな障害が消滅する。
ただ一般の方々は関わり方が分からなかったり、障害のある方々は気を遣ってお願いしにくかったりするのもあると思うけどね。

お互いを理解することが大事だし、そのための取り組みを行っていくことがこれからの活動に必要なんだと感じた。

病院から地域へ。
地域にある施設へと拠点が移り、より地域社会での生活が出来るようになってきた。
でも施設の中で完結してしまう生活は、地域住民との距離があり、まだまだ閉鎖的な福祉社会なのではないか?

関わりが少ないから彼らを知ることができない。
それが偏見をもとうと思っていなくてもできてしまう距離感につながる。

地域の祭りへ参加したり、祭りをやるだけじゃなく、彼らと共に時間を過ごしたり、体験を共有できる場をどんどん作っていきたいと思う。

そしていろんな人が障害を知り、体験を通して自分ごととして考えて理解が深まり、距離が縮んでいけるようにね。
(誰もがゆくゆく障害者になるんだから早めに知った方が良い。)

その手段の一つとして、障害者理解のため、また地域での障害の分布を知るうえでも、アクセスビリティマップ作りはとても面白い効用があると思う。

こんな感じの手作りマップ。これを誰もが利用できるアクセスビリティマップへ。

障害者と一般人(健常者)が、共に関わりながらマップを作っていく。

この試みがハード・ソフト両面の改善をもたらし、今より楽しい社会の在り方を作っていけたらいいなと思う。

これをワークショップで行い、ソフト面での改善を今後は狙っていきたい。
そして教育分野に絡んで早い段階でユニバーサルの考えを教えていけたらと思う。

それがこれからの課題。

廃校プロジェクトと村構想。

【2015/2/14  投稿】

稲敷市自立支援協議会研修会にて、法人の事業所紹介とグループワークをするはずなのに夢を語ってきてしまったという話だ。

この研修会での登壇は、まだまだ法人・事業所設立後まだ間もないということもあり、良い機会だと思い受けさせて頂きました。

みんなの前でのプレゼンはまだまだ慣れないことなのでとても緊張したよ。

時間も押していたので、言いたかったこともだいぶ端折ったし。
それに、言うことを暗記していこうと思ってたんだけど、全然覚えられなかったという始末。
グループワークについてもそう。
司会とか、場をうまく盛り上げて良い話し合いを促すのも苦手だし…。
反省点ばっかりなのであった。

みんな意見を出し合って、楽しくやってくれてたから良かったけどね。
結果としてはまあOKかな。


今回伝えたかったのは、SMSCの今後の構想だ。


構想の根幹は、イタリアのトリエステという地域にある地域精神保健サービスをモデルにして、そのサービスを廃校を利用して作るということ。

日本の精神医療は、長期入院患者の地域移行が喫緊の課題の一つ。
2004年に厚生労働省より示された「精神保健医療福祉の改革ビジョン」に、「入院医療中心から地域生活中心へ」という施策を今後10年間で推し進めていくことも明記された。

しかし、入院の必要がない社会的入院者は7万人くらいいると言われている。

モデルにするイタリアは、1970年代から1990年代かけて精神科病院を徐々に縮小しほぼ廃止した、 文字通り「入院医療中心から地域生活中心へ」というパラダイムシフトを成し遂げた国として知られているところだ。

サポートする仕組みとして、グループホームや就労の場、精神科病床数の少ない総合病院、24時間対応の精神保健センター、自助グループのスペースや工芸工房スペースなどもある。

それらのサポート体制と仕組みを廃校を利用して作りたいということ。

それを伝えたかった。

アウトプットすることで、自分の目的が明確になり、また決意表明になる。
もっとPASSIONを伝えたかったんだけどね。伝わったかどうか(笑)

まあ、言えただけども良しとしよう。

ちなみにこんな感じだ。

6cedd-2015-02-112b22-04-49

まだ、決定じゃなく途中段階の村構想(地域福祉)。
これをコスト面や運営方法など考えながら、廃校へと落とし込みたい。

詳しくは、また今度書いていこうと思う。