みんなの学校プロジェクトで「地域福祉」をアップデートする。

「礎」の2018年、変化を始めた1年に。


2018年はどんな年でしたか?

何にも始めてないと思っていたけど、振り返ってみるといろいろあった年だったな。

「おんらが村」の村民たちが地域の困り事を解決する便利屋サービス「猫の手商会」、稲敷市の地域資源・人的資源を見える化し、適切に届ける基盤をつくる「生活支援コーディネーター」、本格化する学習支援事業てらこむやまちキッチン「あえる」などなど…

これまで精神保健福祉に特化していたSMSCが大きく「地域」や「まちづくり」に舵を切った1年だったと思います。


法人としての定款で謳う目的も、今年は変わりましたよね。

そう。

今年から掲げている目的は「すべての人が安心して暮らせる地域社会の実現に寄与すること」。

そのために、「地域の子どもからお年寄りまで、それぞれの抱える課題に関連した福祉サービスと、それらを含めた地域社会のすべての人が交流する場(空間)を提供することで、すべての人が支えあい地域の課題解決に参画していけるようになることを目指す」と謳っています。

大きな違いは、地域に暮らす精神障害者や心の問題に悩む方々を対象としていたことから、地域の子どもからお年寄りまでと対象範囲を拡大したことです。

より地域に密着し、「みんなの福祉」を考え、実践する組織になりつつあります。


取り組みが多様化したのはなぜですか?

そもそも「日本にトリエステを作る!」と始めたイタリアの精神保健福祉の取り組みですが、地域に密着してサービスを展開すればするほど、地域を取り巻く社会問題の深刻さに頭を悩ませるようになったんだよね。

これは、精神保健福祉だけやっていてもダメだなと。

精神障害と非常に密にリンクしている「貧困」という問題も顕著に見えてきたし、人生のライフステージそれぞれにおける適切な支援の必要性…

「もっと早い段階で彼らと接することができていたら?」
「彼らが今後受けることになる介護のより良い在り方は?」

などなど、地域に密着すればするほど、考えることは増える一方です。


「地域福祉」をアップデートせよ!

また、いち市民としてこの「地域」そのものへのアプローチも可能であると考えています。

先に話した地域福祉や社会問題に関することを、自分事として受け止め、行動に移している人は決して多くありません。
福祉人として地域の社会保障を担いながら、地域人として同じ土地に暮らし働く人たちと、地域の課題を一緒になって考える…

自分が考える地域コミュニティは、子どもからお年寄りまで、障害や貧困もジェンダーもない、あらゆる人が住んでいるこの地域社会を、みんなの力で支え合い、より住みやすい場所に作っていくことだと、強く思っています。


「地域」と「福祉」それぞれに対してアプローチしていくのですね。

そうです。

複雑に絡まりあった地域課題を解決していく取り組みは「まちづくり」に近づいていくんだろうと思っています。


具体的にはどのような取り組みを?

廃校となった稲敷市内の小学校を活用して、児童、障害者、高齢者、生活困窮者などの総合的な福祉サービスと、地域住民が利用できる交流スペースを生み出します。

「みんなの学校プロジェクト」と名付けたこの取り組みを通じて、地域に内在する偏見や差別の解消、社会問題や福祉への課題に対する理解を深めることで、誰にとっても安心して過ごせる地域づくりを進めていきたいと考えています。

詳細は、また事業が進み次第お伝えしていきますね。


ワクワクしますね!何かが変わるような期待を寄せてしまいます。

そう!

その感覚が一番大事だなぁと思っています。

「『みんなの学校』から稲敷が変わるかも…」と思わせられたら、それは私たちの思惑通りです。(笑)


その他、大きな変化はありますか?

「みんなの学校プロジェクト」の運営開始に伴って、社会福祉法人を新設します。

幅広い福祉サービスを展開する事業主体として、また社会問題を地域のみなさんと考えていく中核団体として組織していけたらと考えています。


新たな法人が立ち上がるのですね!これまでとの違いはありますか?

これまでは「走りながら考える」をモットーに、スピード感とその時々のニーズを汲み取りながら事業を拡大させてきました。

これからは、より公共性の高い組織体として、堅実な運営を心がけたいと思っています。

とはいえ、これまでの速度を落とすつもりも全くありません。

地域密着で培ってきた信頼性を元に、これからも私たちの考える「福祉」を提示しながら、地域社会のアップデートを図っていきます。


ありがとうございます。最後にひと言いただけたらと思います。

元号の年に新法人設立と廃校プロジェクトを行う、その決意を断固たるものとする2018年とすることができました。

今年はその決意をしっかりできるように活動していきたいと思います。

まだまだ勉強不足でご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、みなさまこれからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!

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新法人を設立しますという決意表明

自分は面倒くさがりで、これからもなんだかんだ先延ばしにしてしまうこともあるので、あえての決意表明です。

言ってしまったらやるしかない。
「背水の陣」そういう思いです。


新たに立ち上げる法人は社会福祉法人

社会福祉法において社会福祉法人とは、「社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人」と定義されています。ここでいう「社会福祉事業」とは、社会福祉法第2条に定められている第一種社会福祉事業及び第二種社会福祉事業をいいます。また社会福祉法人は、社会福祉事業の他公益事業及び収益事業を行うことができます。

社会福祉法人について(厚生労働省)

実は社会福祉法人を設立しようとしたのは、NPO法人を立ち上げる時にも考えていたことだ。

将来的に様々な福祉ニーズに対応したコミュニティを作ろうと考えていたので、公共性も含めて社会福祉法人化した方がいいだろうと、ぼんやり未来予想図を思い描きながらNPO法人を設立した。

現在は障害者支援事業と生活困窮者支援事業を行なっているけど、これ自体はNPO法人でも運営することはできる。なので法人格を変える必要はない。


では、なぜ今になって設立するのか?

それは、これから行う事業が総合的な福祉サービス事業であるということ。

高齢者、障害児を含めた児童、障害者、生活困窮者等の制度を超えた福祉サービス事業を複合的に行っていくので、とても公共性が高い。

さらにより公共性の高い事業を行うこともできる。

それに公共施設を利用する可能性があるというのもある。

もちろん自分にとっても莫大なお金(設備等事業開始資金)がかかるというもの大きい。

そう、いろんな事情が重なり合って作ることを決めたんだ。

しかも来年には新元号になるというから、この上なくタイミングもいい。

そういうことだ。

自分の行動のきっかけは、もちろん自分の意思もあるけど、大きな一歩を踏み出すための外的要因も大きいように思う。

一歩を踏み出すのは意外に難しい。

だからこそ、きっかけになる外からの影響、タイミングは大事だと思っている。

結局は大いなる何かに動かされているんだろうなとも思う。

ちなみに社会福祉法人で行う事業について詳しく書いていきたいんだけど、まだまだいろいろなことが本決まりではない。
そのため、もう少し話が進んで、伝えられるようになったら書こうと思う。


思い立ったが吉日

新元号が変わるタイミングで法人を立ち上げると言ったけど、まだまだ理事や評議員その他諸々についてや、設立準備会など、あらゆることが何も決まっていない…。

決まっているのは来年の5月から開始するというスタートのみ。
こういうところが自分らしいとも思う。

これから急ピッチでいろいろ進めていきます。

果たして果本当にできるのだろうか?

自分も関わりたい。
手伝いたいと思ってくれる方は、ご連絡ください。
ご連絡はお問合せからでOKです。

ぜひ、お願いします!

障害者からみんなの福祉へ

先月、特定非営利活動法人SMSCの総会と理事会を行ないました。

特定非営利活動法人は、毎事業年度ごとに県または内閣に報告の義務があるのでそのためです。事業報告と決算報告、役員決めに定款などのあらゆることをここで決めて、次年度の活動へ反映させる。

今期は大きな計画をしていることもあり、法人としてはとても重要なミッションの変更を検討。定款の目的及び事業の内容を変更をしたのだ。

◯これまでの定款の内容

目的及び事業
(目的)
第3条 この法人は、地域に暮らす精神障害のある方々やそれ以外の心の問題に悩む方々に対して、個々の問題を克服、または改善し、地域社会でその人らしい生活が出来るように支援する事業を行い、障害や心の悩みがあっても安心して生活できる地域社会の実現に寄与することを目的とする。

◯新たに認証申請している定款の内容

(目的)
第3条 この法人は、すべての人が安心して暮らせる地域社会の実現に寄与することを目的とする。上記の目的のもと、地域の子どもからお年寄りまでそれぞれの抱える課題に関連した福祉サービスと、それらを含めた地域社会のすべての人が交流する場(空間)を提供することで、すべての人が支えあい地域の課題解決に参画していけるようになることを目指す。

大きな違いは、地域に暮らす精神障害者や心の問題に悩む方々を対象としていたことから、地域の子どもからお年寄りまでと対象範囲を拡大したこと。


そもそもなぜ変えたのか?

変更した理由は、大きく分けて3つある。

・障害者福祉サービスが増えてきた。
・地域にある課題は様々であり複合的に絡み合っている。
・そもそも地域社会は、あらゆる人が過ごすコミュニティだ。


障害者福祉サービス事業所が増えてきた

これは何となく地域を見ていたら気づく人もいるのではないかと思う。

高齢者介護事業に続き、障害者支援事業も営利化されてきた。
そのおかげで急速に増えてきている。良い事業、良くない事業を含めてね。

厚生労働省の資料より抜粋

事業所数が増えたことで、利用される障害のある方も同じように増えている。

で何が言いたいかというと、支援が必要な人に支援が届きやすくなっているということもあるが、障害者への偏見が一昔前より格段に良くなってきていると感じることだ。

地域住民反対で立ち上げできないケースもまだまだあるので、全然ないかというとそうでもないが、ハードルが下がってきているのは数を見れば明らかなのだ。
*ただし営利のみの事業も増えているのでご注意を!


地域にある課題は様々であり複合的に絡み合っている

これは地域に根ざして特に障害者の福祉活動をしてきて感じるのだけど、障害者の抱える課題も複合的であるということ。
高齢化、詐欺や貧困を含めたお金の問題、生きづらさからくる自殺問題などなど。
上げていけばきりがない。

そして、貧困問題を少し改善しようと子どもの学習支援を始めたら、お金がらみの労働や食事や性的な問題。そこに集まるコミュニティの問題。どんどん出てくるんだよね。
一つやることを増やすと、やらなければいけないことが倍以上になる…。

自分自身も市内での協議会等の役職や生活支援コーディネーターを始めたことで、より地域にある課題というものが見えてきたという感じもある。


そもそも地域社会は、あらゆる人が過ごすコミュニティだ

それはあたりまえだろ!って思う人もいるかもしれない。

でも、今作られている、そしてコミュニティと呼ばれるものは、お互いの興味や関心、同じ階級や状態など、自分に近いコミュニティで構成しているものがほとんどだと思う。
それが悪いという話ではなく、だからこそコミュニティ外との繋がりが弱く、気づきや理解が得られないことも多いのではないだろうか。

コミュニティー内の言語や行動、意識や考え方など、内部の結束が強まるほどに外部からは入りにくくなる。でも中の人は気持ちが良くて気づきにくいからそれがわからない。

知らずに排他的な状況になりやすいと思うんだよね。

これは専門性も同じ。
福祉でもそうだが、専門性が高まるほど中での言語や行動、共通理解が得られやすいこともあるが、一歩外へ出ると何のこっちゃあ分からない。
専門用語も難しいし、制度も複雑になってきているからね。
そうやって内部で固まって活動するから、外部との関係性はより希薄になってきている。
専門性が高まりしっかり棲み分けされてきたことからくる分断。

最近、特にこういうコミュニティーの分断があらゆるところで広がってきているように感じる。
そもそも、みんなコミュニティーの意味と言語が違うのかもしれないのかもだけど…。

自分が考えるコミュニティーは、子どもからお年寄りまで、障害や貧困もジェンダーもない、あらゆる人が住んでいるこの地域社会を、みんなの力で支え合い、より住みやすい場所に作っていくことなんだ。

(結局はこれだけが言いたかった。)

自分の福祉感についての原点回帰なんだろうけど、無数にあるコミュニティーのHabuになるplatform・事業を作っていこうと考えての変更でした。

そのメインとなる取り組みについては、もう少し進んだら発表します。

廃校で起こす新たなAction

ちょうど3年前の今頃。
市と廃校プロジェクトの相談を始めた。

それは、福祉サービスと地域交流を進めるおんらが村構想というもの。

過去記事

気がつけばあれから3年。
この時に話していた廃校は、教育委員会が行う適応指導教室と職員研修施設になっている。

学校の利用については教育関係が優先だからね。しょうがない。
でもその後も想いは変わらず、廃校プロジェクトへの夢を追いかけてきたわけだ。

で、1年前に別の小学校が廃校になり、その活用について最近まで話し合いを進めてきた。
行政の言い分、ウチの言い分、なかなか折り合いはつかなかったけど今回は大きく進んだ。

廃校の利活用のプロポーザルでプレゼンさせていただくことができた。
これまでは話し合いだけだったけど大きく進んできた証拠だ。

そして市でのプレゼンを行った。
当日は上層部の方々が30名くらい。
いや〜緊張しました。とてつもなく。
これほど上手くいかなかったプレゼンはないだろうな。

ビデオを見るのが怖いくらいだ。
(練習も兼ねて毎回ビデオを取っている。)

その時に話したプレゼンの内容について。
事業内容の部分のみを一部掲載します。

廃校プロジェクトの内容は、児童、障害者、高齢者、生活困窮者などの総合的な福祉サービスと、地域住民が利用できる交流事業を廃校で行うこと。
総合的な福祉サービスでは、「子どもからお年寄りまで、安心して過ごせる地域社会を実現する」というビジョンのもと、各属性や課題にあわせた福祉サービスを展開します。
交流事業では、体育館、図書室、調理室、音楽室等の地域開放スペースと、カフェ、マルシェ、コミュニティースペース、教室の貸し出し等の交流事業を行います。

こうやって書いても分かりずらいかと思いますが、地域の方々が主体的に関わっていける学校として運営できるようにしていきたいと思っています。

行政の方からも質問があったけど、「なぜ学校でやるのか?」

土地買って、建物建てて運営する事はできる。(金はないけど。)

でも地域交流をつくり出しにくい。
閉鎖的になってしまう可能性がある。

でも学校はどうだろうか?

みんなが通って思い出のつまった学校という場所、そして地域の方々が利用しやすい設備が整っているという最高の条件。

行きたくなるでしょ!普通!!

そういうことです。

詳細は、また追って連絡します。

ソーシャルインクルージョンを実現するためには廃校活用にこだわりたい。

私ははこれまで15年間、高齢者・障害者福祉サービスに携わってきた。

どの分野の福祉サービスでもそうだが、「共生社会の実現」を目指して、地域と連携したイベントや交流活動など、地域の方々と積極的に関わる活動を行っている。
しかし、永続的な交流の場が少なく、交流自体が非日常体験であり、なかなか偏見や差別的扱いがなくらない現状があるのではないかと思う。

この活動は当初、最初のグループホームを市内にて立ち上げる時に反対意見も上がった。

その後も、活動に対する反対意見や好ましくない意見もあったけど、地元に就労支援事業所(おんらが村)を作った。そこで精神障害者と共に、毎日農作業や軽作業を中心とした就労支援を始めた。

うちの隣で農作業をしているおばあちゃん(うちのばあや)は、昔から精神科病院の○○病院の患者さんは、「キチガイだ!」と話していた。
でも共に農作業をしていく中で、「どこが悪いんだ?」と利用者さんに興味を示すようになった。
共に働く時間が増えてくると、自ら話しかけるようになり、共にいる時間を楽しく過ごすようになった。

もう今では障害者と認識していない。

また工賃(給料)を稼ぐために、地元の企業に利用者さんを派遣するようになった。みんなとてもまじめに働き、そこの従業員は「どこが悪いんだい?」と疑問を投げかけてくるようになった。

そして最近始めた子どもの学習支援事業てらこむには、学習ボランティアを行う人の中に車いすの学生が参加してくれている。

その人に小学校低学年の子が彼に「なんで車椅子なの?」と質問した。
その彼は、事故で下半身が動かなくなってしまったことを伝えた。

それを聞いた子どもは、「看護師さんになって治してあげる。」「車椅子を押してあげるね。」といって、移動の際に彼の車椅子を押してくれるようになった。

車椅子の彼は子どもに勉強を教えて、勉強を教わる子どもは車椅子を押すという役割が生まれた。

このような体験は他にもあるが、これらの原体験から障害者の偏見は彼らとの距離がある、また知らないことからくるのではないか?と考えるようになった。

実際、個人差はあるが普通(一般)と変わらない人はたくさんいる。
また、ちょっとおかしいなと思うような人でも、関りをもって理解できれば距離は縮まる。

障害のある方をサポートするためには、そこに関わる支援者を作るために制度を作り、支援する体制が必要だ。そのため、時代に合わせて制度を作り、発展させてきたことで、様々なサービスが生まれて支援活動が行われてきた。

しかし、制度があるがゆえに、一般の人と障害者、高齢者や子どもが、同じ地域社会の中で空間を分断されてしまったのではないかと感じている。

その分断が一人一人の関りを減らし、個々の違いを助長していったように思う。違いの助長が、理解や知識を減らし、知らないことへの恐怖へ変換して、偏見へとつながるんだと思う。

また社会には、自殺や貧困、虐待やいじめ、ひきこもりなどの様々な困難に苦しむ方々いる。これらの問題は、身近にそのような現実があることを知らなかったり、距離があるからこそ、みんなの助け合いが深まらないんだと思う。

距離があるからこそ、壁が生まれ、偏見や差別へと変わる。

それらの課題を解決する方法として、地域交流と福祉サービスを融合させたソーシャル・インクルージョンのコミュニティ再生についての計画を作成した。

SMSCは、小学校という既存の建物をほぼ現状のまま残して、住民が地域交流できる懐かしい場所として、また地域で生活するのに困難を抱える障害者の生活の場として、またそれ以外の様々な困難を抱えた方々の支援する場所として利用したい。

誰もが学び思い出を残してきた小学校だからこそ、地域住民の交流事業と障害者、高齢者、児童等の福祉サービスなどの支援が共存できると思う。

そして、ソーシャル・インクルージョンという理念を根付かせたコミュニティを創れると思う。

「ソーシャル・インクルージョン」というのは、社会の中から排除するものをつくらない、すべての人に活躍の機会があるという意味。

健常者、障害者、高齢者、子どもたち、生活困難者と分けられる社会から

「あなた」と「わたし」 顔の見える関係へ。

お互いが変に意識せずに交流を生みだし、偏見が無くなる場所として廃校を活用していきたい。

様々な人たちが地域で学び、みんなと交流して、個々の役割をもって生きることができるようになることで、誰もが希望をもってささえあい、安心して過ごせるコミュニティーとなるように作っていきたい。

ソーシャルインクルージョンを実現するためには廃校活用にこだわっていきたい!

以上。具体的な計画は徐々に書いていきますね。

では!