5周年記念イベントを終えて

無事に5周年記念イベントを終えました。
バタバタして、今までお礼できずにすいません。

来ていただいた皆様、サポートしてくれた皆様、そして作ってくれたスタッフ、本当にありがとうございました。

皆さまのおかげで無事に終えることができました。
ありがとうございます。

法人設立日は、2012年4月。障害福祉サービス事業の指定日が2012年の7月。
なので事業開始して、ちょうど5年を迎えてイベントができたのは良かった。
法人としても自分としても、スタッフにとっても大きな区切りになりました。

「そういえば、そろそろ5周年か~。なんかイベントしたいね!」

という自分のワガママから始まった企画。

そもそも前からやりたいとは考えてはいたけど、ノリで考えて動いてしまうから、実際にやってしまったよ。自分でも驚きだ。
スタッフにとってはそれ以上と思うけどね。

多動なので、いつもこんな感じで始めてしまいます。

準備期間が3カ月くらい。
イベントは前に1回やっただけだし、そもそもイベント慣れしていない。
そんな中、スタッフは支援という通常業務に追われながらも、必死に準備を頑張ってくれました。
いつも多動な自分のわがままにつき合わせちゃってすまんね。
それでも付いてきてくれて、ここまで仕上げてくれてありがとう。

今回のイベント。
特に講演会はもっと人を呼びたかった。でも思っているほどではなかった。
人を呼ぶのは難しいね。福祉の人たちも研修慣れしているから。
もっと手の込んだ仕掛けが必要なんだろうな。
それに、必要なニーズにどれだけ届けられたろうか?
このマッチングも上手くいっていなかったように思う。

それ以外にも準備期間が短かったことや、スタッフの力量等もあるとは思うけど、大部分は自分の責任だろう。

まだまだ影響力がないってこと。ここは大きく改善していかないといけない。
もっと頑張んないとな。

スタッフのためにも、もうちょっと結果出したかったなと反省してます。

でも、今回のイベントで良かったのはスタッフの成長。
自分はほとんど関わっていなかったからね。
登壇者と演者の方々との連絡くらいだ。
忙しい中、ここまで仕上げてくれたことが嬉しくてしょうがない。

任せられた方は、自分で考えて行動して、失敗してまた次の行動を考える。

「自分で考えて行動する」という最もシンプルなことが人を大きく成長させる。

しっかりシンプルに行動してくれたね。
本当に忙しい中、頑張ってくれた。
みんな本当にありがとう。
これからもよろしくです。(多動は変われませんが…。)

そして最後ですが、忙しいのに駆けつけて頂いた藤田孝典様、武楽座の皆様、そしてGOMESS様にも感謝しています。

ありがとうございました。

これからもSMSC一同よろしくです!


講演・イベント写真ギャラリー

茨城新聞に載せて頂きました。
NPO法人ほっとプラス代表理事の藤田さんと。
5周年記念パーティーにて。

5周年記念を迎えて

今年の4月で無事に5周年を迎えました。
これもひとえに皆様のサポートのおかげだと思っております。

ここ2年で運営の方がだいぶ楽になりました。
自分の出張が多くても現場は問題なく回してくれるし、ギリギリの資金面を脱出できたのも精神的な安定につながっているかなと思う。

でもせっかくだから振り返ってみるけど設立から3年は本当に大変だった。
借金に借金を重ねて、短期間で法人を大きくしてきた。
だからメンタル的にはキツかった。

なんで借金を重ねてまで急いで大きしてきたのか?

これは、平成18年4月に施行された障害者自立支援法にひとつ関係がある。

その当時は精神障害者社会復帰施設で働いていて法律の切り替えの時期をここで体験した。これまで運用されていた精神保健福祉法と、施行された障害者自立支援法では制度の中身が大きく変わる。特に、3障害の1元化や公費負担から自己負担。社会福祉法人のみならずNPO法人等も参入可能となるなど。
大きく変わった。

障害者自立支援法について
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsushienhou01/

だから施設内はとてもバタバタしてた。
とくに上の人たちが…。
「どうすれば、どうすればっ。」って感じで。

自分はこの法律を見て、介護保険法と同じだなと感じていた。
ここに勤める前は高齢者のデイサービスで働いていたからね。
同じようになって行くんだろうと感じた。
法律の変更がそのひとつ。

でもこの時は独立しようとはぜんぜん考えてなかったけどね。

その時くらいに、上の人と運営方針とかいろいろ折り合いが悪くなったきた。
いろいろピリピリしてたからね。
上司も疲れてて、自分も疲れてしまったっていうのもある。
それで5年勤めた法人を去ることになった。

でも、辞めた後に良い出会いがあった。
とある院長先生と出会い、福祉サービス事業所の立ち上げに携わらせてもらうことができた。
制度改正で民間も参入できるようになっていたこともあり、株式会社で通所の福祉サービス事業所を立ち上げた。その後はグループホームも。
やる前は知識がほとんどなかったんだけどね。
自分で必死に勉強して、なんとかついていってこなしていた感じかな。
ここで教えていただいた精神関係の知識、そして立ち上げさせていただいた経験が今も生きているんだと思う。
そこで3年働いてから独立することになる。
(辞めてから、感謝の言葉を言ってないけど、自信がついたら言いにいきます。)

院長先生とはいろいろケンカしてたんだけどね。辞めたのはそれが理由じゃない。
未熟な自分が就いていけないと感じたこと(これが大きい)、家族を養うためとか、地元に貢献するためとか、辞めた理由はいろいろ重なっている。
それらに悩んでいる時に、地元で福祉サービス事業を立ち上げようと考え始めたわけだ。

でも、金もないし。実績もたいしてないし、バックもいない。

なので、必死で考えた。

自立支援法で感じた障害者福祉は、高齢者福祉を追っている。
だから同じことが起きるということ。

そして自立支援法の制度改正があったことで障害者福祉サービスは民間も参入できるようになった。もちろん、これは高齢者福祉の方が先だけどね。
サービスに民間が参入できるようになると、高齢者の福祉サービスは爆発的に増えた。だから障害者福祉サービスも同じように増えていくだろうと。

今後、障害者福祉サービスは爆発的に増える。そう爆発的に増える。
それを考えて5ヵ年戦略を立てた。

今後生き残っていくためには、地域での地盤を早くに作ること、他の法人に負けないサービスと資金を作ること。

それがぜったいに必要だと。

そんな風に考えていたのが急いできた理由なんだよね。

で今になって、予想は的中している。
爆発的に増えているからね。準備を早くしといて良かったよ。
まあ安泰ってわけじゃないけどね。

5ヵ年戦略では、他の県に進出する計画だったんだけどね。
そこまでは上手くいってない。まあそれはしょうない。

今は別の戦略で動いているから。

でも急いで作ってきたのは、個人的な予想に対応するためでした。

以上。

てゆうか、書こうと思っていた内容と話がそれてしまった。
次回は、「設立から3年は本当に大変だった。」件について書いていきます。

ここからはお知らせです!
皆さま大変お世話になりました。
感謝の意を込めて5周年記念イベントを開催します。

〇貧困問題について考える無料講演会
~「普通」の暮らしがしたい~ 先の見えない「貧困世代」のリアル
茨城大学水戸キャンパス 講堂 12:00~15:00 定員300名 参加費 無料
〇5周年記念パーティー
水戸京成ホテル 16:30~19:00 定員50名 参加費 8,000円
party開始 17:00  party終了 19:00
partyにはスペシャルゲスト2名と、お料理・お酒を準備してお待ちしております。
是非、参加してくださいね!

申込は下記のコクチーズより。もしくはお電話ください。TEL 029-893-3456
http://www.kokuchpro.com/event/smsc5/ 

福祉 2.0

福祉 2.0 とは何か?

最近いろんな分野で2.0って聞くようになったので、福祉のことで考えてみる。

福祉も30年問題もあり大きな転換期にある。

制度的にもそうだけど、サービスや支援のあり方も大きく変わっていく必要があると感じている。

これまでの精神保健福祉は、精神障害者の私宅監置(自宅にて監禁すること)に始まり、精神病院での治療(私宅監置から保護治療へ)が始まる。
その後、精神病院や障害者の調査が行われて、様々な制度の転換を経て、精神衛生法が成立。私宅監置を廃止・禁止した。
それからも変化をし続けて、治療から社会復帰までの政策が提言されるに至った。

*歴史については、かなり端折って書いているので、そのつもりで読んで欲しい。

徐々に拘束することから、開放・社会復帰へと転換していった。

しかし、ここで問題が起こる。
1964年にあったライシャワー事件だ。

1964年(昭和39年)3月にアメリカ大使館門前で当時19歳の統合失調症患者にナイフで大腿を刺され重傷を負った。この時に輸血を受け「これで私の体の中に日本人の血が流れることになりました」と発言し多くの日本人から賞賛を浴びたが、この輸血が元で肝炎に罹る。その後、これがきっかけになり売血問題がクローズアップされ、その後日本において輸血用血液は献血により調達されることになる。この事件は「ライシャワー事件」と呼ばれ、精神衛生法改正や輸血用血液の売血廃止など、日本の医療制度に大きな影響を与えた。(Wikipedia より引用)

この時に「精神障害者を野放しにするな!」というマスコミのキャンペーンが行われた。

魔女狩りの始まりだ!

社会への開放から隔離へ。

世界は開放に向かう中、日本は病院、施設収容が増えることになっていく。

それからも制度変更は行われるが、1970年に始まった小規模作業所運動開始。
これが大きな転換期だと思う。

施設収容から地域へ。

偏見が多い中、先代の支援者たちが社会と戦い、より開けた福祉制度の設立へ邁進した。既存の制度が生まれることになった活動だ。

ここまでが、福祉1.0(これは自分の視点ね。)

なんでこの話をするかっていうと、最近ライシャワー事件時代から作業所を運営し、現在も当事者支援をする団体の代表や職員の話を聞いたからなんだよね。

現代とはレベルの違うほどの偏見を受けながらも、当事者と支えあいながら活動を続け、現在の制度の礎を担った人たち。
凄すぎるよね。
当時の話を聞いたら感動したんだ。俺にはできないだろうねって、普通に思った。

そしてその代を引き継ぎ、現在の障害者総合支援法という地域移行の制度にまで発展させてきた世代。
この人たちが今、地域福祉の先頭を走り、舵取りを行っている。
この世代までが、福祉1.0 なんだと思う。

ちなみにこれは茨城県での話。自分の印象だけど。
43~47歳くらいの人たちが担っていると思う。
他の県では特色が変わるかもしれないけどね。

その発展してきた地域福祉の次の担い手である僕らの世代。

これからが、福祉2.0 なんだと思う。

これからを担わなくちゃいけない世代。

ITやIOT、ビックデータにAIなどなど。
技術作新が進む昨今。
それらを活かして今後の地域福祉をどう作っていくのか?

それぞれが問われるところだ。

自分が感じている福祉の問題点は、当事者や支援者、その家族や知人、それ以外の方が地域福祉の現状をほとんど知らないことなんじゃないかと思う。

共生社会と叫んでも、実際の社会とは大きな断裂が生じていること。

あなたは、地域にある福祉事業所を知っていますか?

多分知らないよね…。
必要になるときにしか関心がいかないから。

でも、福祉は公共のものであってみんなが必要なもの。

これから必要になるなら早く知った方が良いし、それを知らないからこそ、接点がないからこそ偏見になってしまう。

知られていない現状は何故なんだって思うけど、それを作っているのは、自分を含めた福祉関係者によるところも大きいと思う。
情報を発信していない福祉の村社会。社会から隔離された福祉の閉鎖社会。
学校文化にも近いことが言えると思うけどね。

その情報の垣根の打破が、断裂を生んでしまう距離感の打破につながる。

だからこそ自分はどんどん情報発信をしていきたい。

それに、より開けた社会政策となるような活動を行う。
それがおんらが村構想。

他の県ではやっているところもあるけど、障害、高齢、子ども、地域の人々、みんながあたりまえに交わる空間を作っていく。

そのごちゃまぜなコミュニティが、これまで空間を分けられてきたことからくる距離の断絶を紡ぎ、知らないことから生まれる偏見の打破につながると思うんだ。

それが自分にとっての 福祉2.0 であり、やりたいことなんだ。

稲敷市は自殺対策に本気で動き出すぜ! part2

2014年の4月に稲敷市自立支援協議会に委嘱されて副会長になり、その中の専門部会であるライフサポーター部会の部会長となった。

ライフサポーター部会は、稲敷市市議会委議員の竹神さんが稲敷市の自殺についての現状と対策を一般質問して、自殺対策を行うことを目的に作られた専門部会こと。

部会に関わってから早3年。

長いようで早かった。

他の部会メンバーと協力して取り組みが大きく動き出すのでとりあえずのご報告を。

2016年1月より、稲敷市自殺予防プロジェクトが始まった。

これは、自殺未遂者・企図者の支援がもっとも必要だと考え、救急医療機関に運ばれてくる患者さんが、処置の後に悩みを話せるように、稲敷市の精神保健福祉士が相談に行くという取り組みだ。
そして、個々の悩みや状況に合わせた支援先とのマッチングを行う。

稲敷市の近隣にある7つの医療機関と連携して行ったこのプロジェクトで、1年間で1件の実績が出た。
緊急搬送されてきた患者さんの相談を市の職員が行い、支援先につなげて現在も自殺再企図することなく安定して生活している。

これはとても嬉しいことで、少ないけど確かな実績だ。

そのため昨年の後半より、このプロジェクトをより発展させ、確かなものにするために、県の事業である自殺未遂支援・連携体制構築事業に乗せようという動きになった。

県の予算・市の予算を申請して、無事に通ったということで、今年の4月から稲敷市自殺未遂支援・連携体制構築事業として始まる予定です。

自殺未遂支援・連携体制構築事業は、茨城県内初の事業なんです。凄いよね。
*ちなみにこれは、市の職員Hさんの貢献が大きい。一応書いときます。

そのため、自立支援協議会のライフサポーター部会は事業として昇格したので終了です。

またそちらでの活動が始まったら報告します。

ちゃんと動き出しましたね。
ん〜、感慨深い!

2015年3月4日水曜日に書いた過去記事。

【総括】イタリアでの思い出

時がたつのは早いね。

イタリアの視察ツアーから帰ってきてもう1ヶ月が過ぎる。
今思い出しても、その余韻は残っている感じだ。

はじめてのイタリア、初めての海外での誕生日、素敵な仲間たちと過ごしたこのツアーは、とてもいい学び、良い思い出として残っている。

まずこのツアーの参加者だが、ソーシャルワーカーが一番多かった。
一応、自分もその括り。
そして、作業療法士や看護師に看護大学の准教授、精神科医や精神病院の事務長など多彩な人たちであった。

ツアーは11月15日から24日までの10日間で、トリエステ・ヴェローナ・アレッツォ・ヴァルデキアーナの4カ所の視察研修ととてもハードな内容だったが、ちょいちょい自由行動もあったので楽しめたと思う。

仲間との余暇が最高に楽しかった。

ちょいちょい空き時間があると、おじさんたちで集まって飲みに行くパターンができた。夕食はみんなで食べに行くから少しかしこまるけど、気の合う数名で夕食前に「0.5次会」に行く。

「じゃあ、0.5次回行こうか?」っていうのが決まり文句になってた。

そして話は変わるがイタリア人はいろいろ長い。

ゴールの見えない講義、ゴールの見えない会食。

当時は超絶辛かったけど、それも今思えば良い思い出だ。

「0.5次会」、「ゴールが見えない」というが、旅での流行語でした。

そんなこんなでツアー以外も充実していました。

ツアーで学んだことについてはこれまで書いてきた。


以下、簡単なまとめ

各州内にある地域の地域医療事業体(ASL)において精神保健サービスが配置。
地域精神保健センターを中心に、総合病院内の精神科救急病棟、デイケア、リハビリテーション施設、グループホーム、労働組合などと連携。

チーム構成は多職種で、精神科医、看護師、心理士、福祉士、作業療法士、リハビリテーション技術者、教育職、事務職から構成。ただメインは、精神科医、看護師などの医療従事者が6割。

イタリアの凄いところは精神科医療者も白衣を脱いで当事者と向き合い、医療モデルではなく、生活モデルで対応していること。精神科医も貧困問題、家探し、職探し等も一緒に行っている。

医療モデルか、生活モデルかというのが日本との大きな違いだと思う。


精神保健福祉領域のざっくりとした違い

日本をイタリアにするのは可能か?
ん~、すぐには難しい気がするね。

イタリアは精神病院をなくしたが、精神科医や看護師を中心としたチームが地域に降りて、そこでのサービスを作り中心を担ってきた。
仕事や労働者を地域へとスライドさせた感じかな。
しかし日本は、精神科病院をもったまま福祉サービスが展開され、どちらの量も増えてきた。だから精神科病院も福祉サービスも多い。
イタリアと同じようにすれば、多くの精神科医療のチーム(看護師が多い)の仕事がなくなる。医療チームが地域で支援するスタッフとなるなら、多くの福祉関係者の仕事がなくなることになる。どちらにしても困る人は多い。

それに日本は病院も福祉も民間が多い。
大きな方向転換は、様々な機関が潰れる可能性があるので反論も多くなると思う。
うちも大きな変更に対応できるほどの体力はないからね。

では無理なのか?

先輩たちの貢献もあって、精神保健福祉領域では「病院から地域へ」と徐々に政策が進んできた。
それゆえ福祉サービスが増えて、精神科病床数も減ってきていると思う。

この流れを緩めないように、進めていけば徐々にではあるが近づいていくんだと思う。

精神病、疾患を持っている方が地域で生活していける仕組み、サービスを作り、どんどん良い効果を生めるようになればもっと良くなっていく。

だから、今後も良い状況を作れるように頑張って作っていきたいな~、と改めて感じた旅でした。

以上。

結局、ざっくりとした内容だけど。

おわり。


イタリアギャラリー


その他イタリア視察記事

これはクライシスだよね。

クライシスへの対応を含め精神病院へ押し付けるのではなく、福祉の力で地域生活を維持できるようにして行かないといけないという話。

昨年より、プログラム参加者が増えてるんだよね。はっはっ~!

11月22日(火) 10:00~13:00 ヴァルデキアーナ視察研修

①精神保健センター
②ヴァルデキアーナ観光

イタリア研修のことは、ここ数回書いてきたが、書いている自分がもうおなか一杯な感じです。もう飽きた…。

でも、とりあえず記録として書いていきます。


精神保健センター見学

ここヴァルデキアーナでも地域精神保健でのサービスについては、ほとんど機能が同じだと思う。なので、その辺の説明は省きます。

まず最初に精神科の先生が語ったのは、留置場のような病院を廃止したと話があった。

これは国の法律が変わり、司法精神病院もなくすことになったということ。

そのため、トスカーナに47人もの法的に問題のある人が入ってきてサポートすることになったから大変だよと話していた。

現場での対応は大変と思うが、精神病に対するあらゆる隔離をやめたというのは凄いことだと思う。

そして、この研修で特に印象に残ったのが職業訓練サービス。

コーディネーターが企業開拓して、企業と連携して1年間の職業訓練サービスを提供する。もしできると判断されれば、その企業へ就職することになる。
プログラム中は、企業負担0で、行政負担で参加者に給料を渡している。

で驚いたのは、その結果について。

プログラム参加者は22名で、1名が正規雇用。
それ以外は実家に帰った人もいるし、次の年のプログラム待ちとのこと。

「昨年より、プログラム参加者が増えてるんだよね。はっはっ~!」

って自慢げに話していた気がする。

でも実際に仕事できる人は少ないみたいでした。

おいおい、結果率が低すぎるでしょ!

就職が難しいのは分かるけど、うちでも就労訓練参加者の6名中1名は毎年就職してるよ。

ん~、なんだかな~という感じでした。
(この辺のゆるさがイタリアっぽくもあるけどね。)

イタリアは、精神保健サービスが行政サービスとして行われている。
予算によって、削減されるだろうから、日本より福祉サービスは全然少ないと思う。グループホームも少なかった。
サービスに来ている人の支援は出来ているが、つながっていない人もたくさんいるんだと思う。

福祉サービスの量は圧倒的に日本のがいい。
質は細かくまでわからないけど。
ここでの研修で日本の良い面も見えた気がします。


ヴァルデキアーナ観光

この日の研修は早めに終わったので、お食事とちょっと観光。
いや~きれいな街並みです。

本日の昼食はここです。

前精神保健局長のD’Arcoさんと記念撮影。

ここからの風景がいちばんきれいでした。

そして名前を忘れてしまったが、有名な人のお家。

今日はこの辺で終了。


その他イタリア視察記事

上映会を終えて。

初めてのイベントだけど、みんなの協力もあって何とか形になったなという話。

ぺっぺさんの話。

管理すること、権利を守ること、どちらも真剣に問い続けていく問いなんだよなという話。

トリエステだけじゃなく、アレッツォもすごいぞっ。

11月21日(月)9:00~18:00 アレッツォ視察研修

①精神保健センター
②総合病院(精神科救急)
③レジデンス


精神保健センター見学

精神保健センターは、145,000人を対象とした行政区域を担当し、精神科医・精神科看護師を中心に心理士、福祉士などのチーム構成で、住民の精神衛生を保つことを目的に活動していた。

24時間365日対応で、医療面においても医学モデルではなく生活モデルが中心。
訪問診療、訪問支援が中心で、心理教育、自助グループ、緊急対応、デイケア、レクリエーション、レジデンスなどのサービスを行っている。この辺はどの州も同じような対応をしている印象だった。

これらのサービスは行政の予算で運営する公共サービスのため、予算の削減などできることが出来なくなることもある。
特に、昨年まではアレッツォ県のみを対応していたが、今年からブロッセントも対応することになって対応が追い付かないと話していた。
予算に依存しているので、財政状況に大きく影響を受けてしまう点は怖いかなと思う。来年からは大幅削減もありうるからね。

「アレッツォには、バザーリアの前から生活モデルを実践している精神科医がいたんだよっ!」と話していた。
やっぱり、イタリア全土にそういう医者が出てきていた時代なんだろうと思う。
でも何となく感じたんだけど、かなりトリエステを意識してる。

バザーリア法の失敗についての話。

退院後のケアの問題。
退院後のケアが全然足らなかったということ。
逆に成功点としては、各地に訪問サービスが広がったこと。
訪問診療を行うことで看護師が一番勉強になったのではないか?と話していた。

訪問サービスがなぜ必要なのか?
服薬している患者さん以外も対応することができること。
薬だけではなく、ソーシャルワーカーも同行するので様々な対応ができる。
ただ基本的な家事などをすることはほとんどなく、励ましたり、本人が出来るように支援する事が中心。
全てが公的なサービスなので、何でもやってあげるという考えではないとのこと。
本人主体でできることはやってもらうという姿勢はいいと思うが、一人ひとりの細かなニーズに対応できるわけではないんだろうと感じた。

【センターで話していた4つのルールについて】
・医者は話すのではなく患者の話を聞け!患者にも情報共有すること。
・困難なことは相手に伝えない。
・できることに目を向けて、一人一人の対策を見つける。
・患者さんに最大限の関心を持つこと。

先生が語っていた4つのルールは、福祉の仕事でも役立つことだと思う。

全体的な印象として、トリエステより医療面の対応が強かったように思う。
色が違うよね。
治療面でも入院等の緊急対応も比較的やっている印象だし、服薬などの医療面の重要性を多く語っていた。


一般病院内精神科救急見学

精神科救急では、病床数は9床で入院対応も15日が限度。
これはどこでも共通しているが、入院は短く地域にて対応するということ。
またグループ心理教育に力を入れている。
ここでは看護師の育成に力を入れており心理教育等の訓練もする。
育った看護師が地域での生活支援の担い手へとなって巣立っていくとのことであった。

病院の先生の話。

「トリエステの保健センターのベットのことだが、精神患者を本当に一般の人と同じように扱うなら、ベットを置かないほうが良いと思っている。これはトリエステへの批判ではないけどね 。」

精神保健センターの時から、ちょいちょいトリエステの話や比較が出てきていたが、アレッツォではトリエステをかなり意識している印象だった。

「トリエステだけじゃなく、アレッツォもすごいぞっ。」って。


レジデンス見学

レジデンスは、デイサービスや訪問サービスを利用しても効果が少ない急性期の方が対象で、日常的な生活訓練を行い、アパートへの生活移行を目的にしているところ。
日本でいう入所型の生活訓練施設と同じだと思う。

またここでは、軽~中度の法に触れた18歳未満の精神病者の生活訓練も行っている。
グループワークを多く取り入れ、SSTやアッセンブレア等を行っている。

利用者さんがより自立した生活をするための機関として重要な役割を担っていると感じた。

長くなったので、ここで終了。

次回は4日目最終日です。
では。

今回はこの写真で。

実は、ライフイズビューティフルの映画の撮影地です。


その他イタリア視察記事

精神病はエピソードである。

11月18日(金) 9:30~18:00 ヴェローナ視察研修にて。

①ヴェローナ大学にて ー グルーチ先生の講義
②精神保健センターの見学
③自助活動組織(グループホーム)の見学


ヴェローナ大学講義

バザーリア法の歴史と法の中身、出来てからの現在の状況についてを詳しく説明して頂きました。

(以下、ざっくりとした流れ)
・バザーリア法ができる前の法律から、入院日数が少しづつ減ってきていた。
・1960年バザーリアと賛同する精神科医が集まり改革を始めた。
・1978年180号(バザーリア法)の成立。
・新たに病院を作らない。患者さんを入れない。精神病院を廃止する制度。
・精神病院から総合病院内の精神科救急への移管。入退院の日数が激減。
・総合病院内の精神科救急での治療が減った。
・コミュニティーケア・デイケア・アンブラトーリオなどのサービス増加。

その根底にあったのは、精神病院は治すところではなく、悪くするところ。
(被害者となるキャリアが始まるところとまで言っていた。)

精神病院は治らない。だからこそ環境の改善が必要だ。

自由こそが治療であり、普通の生活をしていくことが治療になる。

では、精神病院をなくすためには何が必要なのか?
①総合病院内での精神科救急サービス。
②精神保健センターのようなコミュニティーサービス。
(様々な機能があります。)
③レジデンシャルサービス。(生活訓練などの訓練)
④グループホーム。

グルーチ先生の言葉で印象に残っていること。

精神病はエピソードである。

症状が悪いときは治療が必要であるが、そうでない場合は必要がないもの。

エピソードという表現は面白いなと思った。
でもなんかそうだよねって、腑に落ちたんだよね。

今回の講義は、自分が知らないことも多かったのでとてもためになりました。
しかし、先生というのは話が長いね。とても勉強になったけどさ。

いつ終わるのか?
ゴールが見えませんでした。


精神保健センター見学

この建物はもともとは精神病院で使われていたところを改装して精神保健センターにしたところだった。
そのためどこか少し冷たい感じ(トリエステより)がしたが、患者さんの様子とか表情を見ると、良いケアがされているんだなと感じた。

ここでは精神科医の研修医が6人くらい学んでいて、精神科医を育てる研修システムがしっかりしている印象を受けた。ヴェローナ大学の精神科医の卵がここで研修して、それぞれの現場へと巣立っていくみたいですね。

それとスポーツや芸術などの作業療法、訪問サポート等、手厚くサポートしているように感じた。

センターの中の機能や役割については、トリエステとあまり変わらないが、運営方法については若干色が異なるように感じた。


自助活動組織見学

市民の住む一般のアパートの一部を借りて、事務所とグループホームを利用しているところを見学した。

一般の住居を間借りしているので市民が隣に住んでいる。
この点は、日本ではなかなか難しいところもあるのかなと思った。

ただ、中身の運営自体は日本のグルーホームとあまり変わらないかな。
設備基準としては日本のが全然厳しいと思う。
まあ制度が違うし民間も運営するから仕方ないけどね。
ホームに住んでいる利用者さんはみんな穏やかに楽しそうに生活していました。

トリエステとヴェローナ、関わりにおいて核になる部分は共有しているが、中身の運営についてはその土地の特色があるように感じた。

とりあえず長くなってしまったので、また次に。


ゴールが見えない講義… ゴールの見えない会食にて

この会食が終わったのは、日が変わってからでした…( ノД`)

今回も最後はきれいな写真で。ヴェローナの闘技場の夜景です。


その他イタリア視察記事

「精神医学はエセ科学だ」

11月16日(水) 9:00~19:00 トリエステ視察研修にて。

①ガンビニ精神保健センター
②一般病院の中の精神科救急外来
③就労系のリハビリ労働組合
④ジェンダープロジェクト


ガンビニ精神保健センター視察

「精神医学はエセ科学だ!」

そもそも精神科学はあるのか?
ないものを作って人を区別しているだけではないのか?

精神病院はどこでもそうだが隔離されている。

そもそも隔離というのは本人のためではなく管理する側のために行っている。
苦しんでいる状態で精神病院に来ても良くなる人はいないよ。より悪くなる。

精神病で苦しみさらに自由も奪われる。
それは良くないことなんだ。

だから自由を取り戻そうとした。

患者さんを病気で判断するのではなく、その人の持つ特性や環境で考えること。
でも精神医学は分析的なもので、社会的な側面が全くないんだ。
患者さんが良くなるには、社会的な側面のサポートが必要なのにね。

人としてどう生きているか?

常に向き合わなければ患者に向き合っているとは言えない。

病気や症状だけで本人を見るのではなく、生活の主体者として本人を見なければいけない。

※これは私見ではなく、トリエステで言われていたことです。

イタリアでは、各州内にある地域の地域医療事業体(ASL)において精神保健サービスが配置されている。精神医療や予防、様々なケアサービス、リハビリテーションなども行っている。

地域にはガンビニ精神保健センターのような地域精神保健センターが配置されていて、総合病院内の精神科救急病棟、デイケア、リハビリテーション施設、グループホーム、労働組合などと連携している。

視察したガンビニ精神保健センターの機能としては、日本でいうクリニック、訪問診療、薬局、デイケア、地域活動支援センター、リハビリテーション、ホームヘルプサービス、ショートステイ、その他ソーシャルワークサービスといったところだと思う。
あらゆる機能を持っている。

センターは月曜から金曜と日中に開いていて受診もできる。
訪問活動を積極的に行っていて、各患者の重症度などニーズに応じて治療・介入方針が決められている。
誰でも入れて、誰でも出ていける開けたコミュニティーのような感じだった。

他の機関として、総合病院の救急医療、労働組合のような就労の場、グループホーム、様々な市民団体と協力して患者さんの支援を行っていた。

チーム構成は多職種で、精神科医、看護師、心理士、福祉士、作業療法士、リハビリテーション技術者、教育職、事務職から構成されていると思う。
ただメインは、精神科医、看護師で6割くらいを収めている。

精神科医療者も白衣を脱いで当事者と向き合い、医療モデルではなく、生活モデルで対応しているとのこと。
そして、精神科医も貧困問題、家探し、職探し等も一緒に行っているというから驚いた。患者さんをちゃんと生活の主体者として見ているんだなと感じた。

この部分は日本ではありえないでしょ!って思う。

まあ、そういう先生もいるかもしれないけど少ないんじゃないのかな。

では総合病院内の精神科救急はどうだろうか?
家族からもそうだが、クライシスや警察対応が多い。
これは日本と変わりないだろう。

で入院については?
症状や服薬等の検査に数日間かかり、その後退院して精神保健センターへと移すということ。
圧倒的に日本より早い。
結果がどうこうは分からないけど、地域でサポートするという姿勢が伝わってくる。
凄いね。

この研修で強く感じたのは、医療者が患者にそして地域に降りているということ。
医療モデルではなく、生活モデルを中心に医療から福祉が行われているということ。
精神病院をなくしたが、精神保健の中心は精神科医療が中心であるということ。

自分が考えていた環境の改善こそが必要だということ。

様々なことを学ばせて頂きました。

精神病院をなくしたイタリア。
でもサポートの中心には精神科の医療チームが存在する。
日本でも患者さんの支援には、あらゆるところで精神科医療が責任を担保している。
させられていると言う方ががいいのかな。
絶対的に必要な精神科の医療チームを中心に構成されて、連携している福祉サービスは素晴らしいなと思った。医療が生活モデルでやっているというのは前提だけどね。

いろいろな認識も変わった研修だった。

今回トリエステに来た目的である、保健福祉センターを中心とした他のサポートと連携した総合的なサービスの構築。
バザーリアが作りはじめてから、現在も行われ進化してきたサービスは、日本における法律とサービスを組み合わせれば作ることは可能だと思う。
ほとんどのことが同じようにできる。
制度的にはね。実現も可能だと思う。

でも難しい問題もある。
それは医療側の医療モデルか生活モデルの違い。
これは、うちではどうしようもないからね。

いろいろ困難はあるけど、新たな形で自分なりに表現していきたいと思った。

長くなってしまいましたが、ここで終わりにします。
書ききれないことはまた次に。


最後に、トリエステ統一教会のきれいな写真で。


その他イタリア視察記事

これはクライシスだよね。

トリエステには精神病院がない。

病院がなくても、患者を地域生活の中で支えている。

「クライシスの時はどうするんですか?」

日本人の気になるところ。
特に医療関係の人は気になるであろうこの手の問いはよく出る。 

トリエステではクライシスをチャンスと見る。

その人のことをよりよく知る機会となり、その経験が彼らの地域生活での支援に活かされて行くと。

「でも、自傷他害の場合はどうするんですか?」

自傷他害の場合でも、検査や診察をして精神保健センターへ行くことが多い。
どうしてもそれが難しいと判断したら入院で対応することもある。
ただしケースは少ないし入院しても数日で出て行くことが多い。

ここで質問者は、ホッと胸を撫で下ろす。

どこまでも聞いて引き出したい「入院。」という言葉。

この手の質問は「クライシスでの対応について。」自分の考えや行動を正当化したい気持ちが含まれているように感じる。

薬でおとなしくさせる。
それでもダメなら入院だなって。まるでそれが当たり前のようにね。

でもトリエステでは、ほとんど入院中心の対応を行なっていないように思う。

それは肌で感じた。
そうならないような仕組み、向き合い方と対応をしっかり確立しているようだった。

しかしそれは制度の違いや支援者とチームの力量にも寄ってしまうけどね。

そもそもクライシスの捉え方が日本とは全然違うし、これはクライシスだよね度(度合い)も大きく幅がある。

トリエステではクライシスをチャンスと捉えるが、日本はクライシスを限界と捉える。

もうこうなったら無理みたいな。

限界は、支援、サポートの意味で、やりようないから薬飲ませて黙らせて、入院させるしかないと。

またクライシスの幅も全然違う。

トリエステでは、大声あげて騒いでても「彼だしね、しょうがないと。」
しかし日本だったら、クライシスだね、入院だよってなるケースもある。

これは、バザーリアと弟子との相談の時の話のこと。

「彼は大声を出さないと生きていけないけど、僕は大声を出さなくても生きていける。それだけだよ。」と伝えていたことにも大きく関わっていると思う。
違いを認めることが根付いている。

そうクライシスへの懐の深さが大きく違うんだよね。

だから対話の時は、日本とイタリアで言ってることと感じてることが食い違っているように感じるんだと思う。

クライシスへの向き合い方と対応方法。

これが、これからの日本の精神保健にとって重要な課題なんだと思う。

これまではクライシスへの対応を含め、大変なことは何でも精神病院に投げてきた。

それが今、精神保健福祉領域の歪みとなって表出してきている。

もう少しクライシスへの対応を含め精神病院へ押し付けるのではなく、福祉の力で地域生活を維持できるように、自分たちが力をつけていかなくてはいけないんだと思う。


その他イタリア視察記事

ソーシャルファームジャパン in つくばに行ってきた。

10月につくばで行われたソーシャルファームジャパンに行ってきました。

ソーシャルファームというのは、日本では最近になってよく聞くようになってきが、世界ではもっと早くに広がり、認知されてきたモデルのこと。

1970年代にイタリアのトリエステにて、精神病院入院患者が病院職員と共に地域で就労する施設が設立されたことが始まりで、それから世界各地へと広がっていった。

ソーシャルファームの概念や取り組みは世界によって意味が多少異なっている。ただ、就労が困難な人と健常者が同等の条件でともに働き、同等の賃金を得ているというのがその要素だと思う。
ソーシャルファームの基準については、法律を定めるなどの国によって基準を定めていることもあり、とても差があるみたいだ。
また障害のある方の場合は、程度に応じて助成金が支給される国も多いらしい。

日本でも少しづつだが事例が出てきて、ソーシャルファームジャパンも発足されたが、認知度はまだまだ低いのではないかな。
少しづつ増えてきたけど、日本でのソーシャルファームは障害分野でいえばA型になるのかなと思う。他の形ももちろんあるけどね。
保険給付が出てる分、海外よりはメリットがある部分もあるかなと。

今回のイベントで感じたのは、どのような状況であれ、就労に困難がある人(障害がある人)と健常な人が共に働き、同等の条件と賃金で就労していくっていうことが世界的に求められているし、国によって取り組みが違えど、目指しているところは同じなんだと感じた。あたりまえのことなんだけどね。

それと印象に残ったのが、ソーシャルインパクトボンド(SIB)という取り組み。
社会的コストを低減する、行政が未だ実施していない事業を、民間投資によって行い、行政がその成果に対する対価を支払う社会的インパクト投資モデルのことを言う。
SIBは事業が失敗するリスクを行政機関から投資家へ移転する仕組みから、リスクはあるが高い効果を見込める新しい事業を大規模に実施する前に、実際に効果があるかどうかを確認する目的で行われる実証実験に適している。

この取り組みは日本でも広がってきていて、NPO活動の事業活動に対する費用対効果を図り、助成金や投資等、支援先や団体の選定等にも大きく影響すると思う。

SIBは以前から知っていたので、どうにか自分の事業にも当てはめていきたいけど、なかなか自分の理解力では難しいのだ。

仏ジャルダン・ド・コカーニュ創設者 ジャン・ギィ・ヘンケルさんと。

そして、ヘンケルさんの話。

お金を寄付する人たちは中流階級が多い。
フランスや欧米では。所得が低い人たちも出している。
寄付を集めたいならお金を使わなくてはならない。
人材やキャンペーンなど。
そのような取り組みがこれからは必要と話していた。

それとコカニューインベスティメントという取り組み。
100ユーロの株券を購入すると7年間は無配当、その分税金が軽減される仕組み。
このようにNPOの活動自体も株券を発行し税金への反映等、行政を巻き込むような取り組みも必要だって話していた。

そして自然薯クラブの見学にて。

うちは利用者の就労を目指しているし、そのような活動が中心だ。
しかし彼らは主体性を重視し、働くこともするが芸術活動にとても力を入れている。
芸術活動以外での社会との接点は少ないように感じたが、そのような才能のある利用者にとっては理想郷だと思った。

太鼓や踊り、絵などの創作活動は鳥肌が立ったね。

自分とは目指すとこが違えど、代表が描いている未来は自身の信念にぶれずに活動しているのが見て分かったように感じる。

信念は違えどその信念と取り組みには敬服です。

いろいろなイベントなどに参加して思うけど、すごい代表や事業所はたくさんあるし、目指すべきところもまだまだ高い。

これからも楽しくなるね。ワクワクだ。

B型事業所の工賃は上げないといけない。

工賃を上げないといけない。

前のブログでも書いたけど、B型の利用者さんの工賃を上げること。

これは、どの事業所にとっても急務の課題と思う。
実際に茨城県からは平均工賃を上げましょうとの指示があり、どの事業所も必死に取り組んでいることと思う。
うちもそう思って頑張っているんだけどね。
まあ、なかなか上手くいかないけど。

そんなわけで、茨城県が開催する工賃向上研修に参加してきました。
7月27日(講習)、8月25日(講習)、10月5日(見学会)の計3回。
3回も水戸だからね。いや~、大変でした。

でも、そのおかげでうちの法人の取り組みの方向性も見えてきたかなと思う。

まず会計について、就労支援会計の基礎を学び、粗利益、経費、営業利益等、細かく統計を取り戦略をとっていく必要性があることを知った。
それに、売り上げの算出についてはシビアに教わった。
作業ごとに収支評価を算出して、どこに無駄があり、どこを拡充するのか?
その算出の必要性その後の動き等を検討して学んだ。

支援と工賃を上げることは別のようで一緒ということ。

細かく細分化して統計を取れば、ほぼ無駄がわかるし、原価率の改善やロスを減らし売り上げを伸ばせる。
この部分は徹底してやっていく必要がある。

現在どの地点にいて、どこまで工賃を目標とするのか?
逆算して事業を見直していく必要がある。

そしてアドバイザー派遣事業を行って、実際に工賃UPに成功した事業所の見学もさせてもらった。

①一つ目のところ。
お菓子の商品開発とデザイン等の改善を行う。
就労継続支援B型事業として、パンの製造販売事業を行っていたが、専門家がいないと難しいと感じてアドバイザー事業を利用した事業所。
支援スタッフが商品開発のためのアドバイスを受ける。月1回程度のコーディネーターとアドバイザー2人体制で、合計5回来園し指導を受けるなどのサポートを受けた。
販売促進のためのロゴデザインの考案。ビスコッティなどの商品開発とパン作り工程の見直しの「ボーリッシュ法」を取り入れる。焼き方や食べ方の提案なども行ったことで売り上げUPにつながった。

②二つ目のところ。
受注作業の新規開拓を行う。
これまでは受注作業のみで2社しかなかったが、アドバイザー派遣で相談して、営業で受注先の新規獲得と既存の受注作業の価格交渉について指導を受ける。
新規の受注作業を見つけてきたことで、既存の受注作業の価格交渉も行い、どちらも工賃も改善につながった。

③3つ目のところ。
工程の見直しと利用者に合わせたサービスの変更を行う。
アドバイザーを利用して、パン製造の特にロス管理を見直したことで、原価率が40%→30%に減らすことができた。
またアンケート調査をして、パンの値段も20~30円の値上げができると判断し、値上げも行った。他の事業でも利用者とスタッフの意識が変わり、他の事業も収入が上がってきた。
また、B型の事業所の件で本人と家族と相談を行ったら希望者は10名。その他の利用者は生活介護に移ったので定員の変更を行った。これまで、サービスの選択を本人主体ではなく、本人たちをサービスに当てはめていた事に気付いたとのこと。利用者さんの特性に合わせてサービスの変更を行ったことで、支援力のUPと工賃の向上にもつながった。

どの事業所を見学して思ったけど、トップの熱意と行動力には感心した。

それを支えるスタッフの力量にも頭が下がる思いだね。
何においても、特に行動することが大事だよな~って改めて思った。

これらを総合してうちの工賃を考えれば、②受注作業の改善が必要だと思う。
新規作業を開拓して、既存の受注作業の工賃もあげられるようにすることが大事。
うちもそれをやっていく。


過去ブログ

AnotherSky.イタリアのトリエステへ。

とうとう夢が叶った。

憧れの土地。
イタリアのトリエステに視察研修に行けることになったぜ!

そもそもなぜイタリアなのか?

SMSCの活動を始めるに至った原点であり、日本の精神保健を深く考える取り組みをしている国なんです。

当法人の活動は、大熊一夫先生が書いた「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」という本に感銘を受けて始めている部分が大きい。
精神保健福祉領域では有名なイタリアの話で、日本とは全く違う方法で精神病者・障害者を捉え、支援の形を発展させてきた。

「自由こそが治療だ!」

というスローガンのもと、精神病院を廃止する新しい精神保健法(180号法)を成立させ、精神病院をほとんどなくして地域での生活支援へと移行していった。

ちなみに日本は、精神病院を増やして、精神病者を隔離して社会から遠ざけてきた歴史がある。
そんな対照的な国だからこそ魅力を感じているんだと思う。

2年前には、法人のイベントとして精神病院をなくし地域で24時間開かれた地域精神保健を実現したイタリアを描いた映画「むかしMattoの町があった」の上映会も行った。
多分この上映会はその当時茨城県内で初のことです。
好きだった大熊さんの講演会も行い、ご飯も一緒しました。

上映会を終えて。

初めてのイベントだけど、みんなの協力もあって何とか形になったなという話。

それくらい意識していて、自分にとっては憧れの AnotherSky

願えば叶うもんだな~。超嬉しいっす!

イタリアへの視察日程はこのような日程で行います。

2016年11月15日 (火)~11月24日 (木) 10日間
(11 月)
 15 日 火 成田・羽田発→経由地→トリエステ空港 トリエステ泊
 16 日 水 トリエステ研修 トリエステ泊
 17 日 木 トリエステ視察・移動 ヴェローナ泊
 18 日 金 ヴェローナ研修 ヴェローナ泊
 19 日 土 ヴェローナ視察 ・移動 フィレンツェ泊
 20 日 日 フィレンツェ(自由行動 )・移動 アレッツォ泊
 21 日 月 アレッツォ研修 アレッツォ泊
 22 日 火 ヴァルディキアーナ研修 アレッツォ泊
 23 日 水 フィレンツェ空港→経由地 →24 日 (木)成田 ・羽田 着 機内

10日間のほとんどが視察と研修で、自由行動が1日のみ。

初めてのイタリアなのに観光がほとんどできない。

まあ、それも活動に必要だからしょうがないけどね。

通訳付きで視察や研修がぎっしりというスケジュールだからこそ濃密な学びの時間となると思う。

実際に、見て聞いて体験して感じたことを、日本または地域に少しでも落とし込んでいけるようにしたい。

別の発展を遂げてきた日本で「どう表現していけるか?」
これが持ち帰ってくるテーマだね。

相模原市の障害者施設における殺傷事件について思うこと。

朝、コーヒーを飲んでたら衝撃的なニュースが流れてきた。

相模原市の知的障害者施設で入所者が刃物で刺されて19人が死亡、26人が重軽傷を負った事件。

これは日本で起きたのか?
と目を疑うほどのニュースだった。

その後も、どのメディアでも事件を取り上げ、散々ニュースに流れていたのであまり見ないようにしていました。見るほどに嫌になるし辛くなるので。

なので、事件の詳細や細かな部分には触れませんが、感じたことを書こうと思います。

まず、今回の事件に巻き込まれて不幸にして亡くなられた方々とご家族に深い哀悼の意を表します。
またお怪我をされた方がの一刻も早い回復お祈り申し上げます。

今回この事件に巻き込まれて、苦しまれている方がたくさんいると思います。
みなさんが安心して生活できるようになることを願っています。

その後のニュースで、容疑者は病院の精神科に措置入院されていたこと、また大麻の陽性反応が出たということを知りました。

容疑者については、どのような状態であれ厳正に法で処罰をして頂きたいと思います。

しかし容疑者が精神に問題があることで、精神障害者は危ないんだと一括りに考えてしまう方もいると思います。
そのような風潮が強まると、精神障害や疾患のある方々が地域で生活していくことが妨げられてしまうのではないかとの懸念があります。

実際に、「措置入院」制度見直しへという流れになっている。

https://synodos.jp/welfare/19673

「SYNODOS」より

また、病院へ入れといたほうがいいとの方向にならなければと思います。

うちも障害のある方の支援施設を行っていて、様々な障害の方がいますが、精神障害の方の支援がメインです。
地域にあるグループホームで生活し、就労施設で仕事に就くため日々訓練しています。この事業を行えるのも、地域の方々のご理解とご協力があるからこそできることだと感謝しています。

このようなショッキングなニュースを見ると怖くなってしまうと思うけど、「精神障害は、精神病は」と一括りで捉えないようにして欲しいと思います。

もちろん、間違いを犯す方がいるのも事実です。
しかし検挙された一般刑法犯にしめる精神障害者の比率は0.9%くらいとのことです。

罪を犯した人には処罰が必要です。

でもそれ以外の方々へ不安の目が向かないようにも祈っています。

今後二度とこのような事件が起きないように、なぜこのようなことが起こってしまって、どうすれば防げるのかを深くみんなで考えていけたらと思います。

見えにくい障害。

見えにくい障害ってどんなものだろうか?

うつ病に代表される精神障害。
最近、話題になってきた(顕在化してきた)コミュ障などの発達障害。
適応障害、パーソナリティ障害、性同一性障害、薬物・アルコール依存などなど。

他にもあげればたくさんあるが、見えにくいからこそ生きづらさを感じている人はたくさんいる。

先日、茨城県精神障害者支援事業者協会主催の講演会に参加してきました。

松本ハウス講演「統合失調症がやってきた」

んっ、松本ハウス…。
この人たちを知っている人もいるのではないだろうか?

松本ハウスは、1991年に結成した日本のお笑いコンビで、『タモリのボキャブラ天国』、『電波少年』などのテレビ番組で活躍していたが、加賀谷の病気療養を理由に1999年(平成11年)に活動を休止しました。

懐かしいね。なんとなく、見た覚えがある。

左の人、ハウス加賀谷はこの時すでに精神病(統合失調症)に苦しんでいたらしいです。
見えないよね…ほんと。
ちょっとおかしい人かと思ってたよ。

そもそも統合失調症とは何なのか?

統合失調症は、幻聴、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患。それに伴って、人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を併せもっています。
みんなのメンタルヘルスより)

講演で話していた加賀谷さんの印象的なエピソードとして、幻覚 or 妄想があった。

どちらかは分からないけど。

当時アパートに住んでおり、上の階であったが、隣のビルの屋上からスナイパーが自分の命を狙っていると思い、部屋の窓を避けて窓の下で這うように生活していたとのこと。
何をするにも窓から狙われないように、窓枠の下でご飯を食べるなどの日常生活を行っていたみたいです。

普通に考えたら信じられないよね。
でも、彼はそうしないとやられると思い必死だったとのことです。

TVを通しては全く分からない状況。
だからこそ気づかないし、ただおかしいと思ってしまう。
そういう状況なんて日常茶飯事ではないか?

人の悩みなんてわからない。

そうやって、何も気づかずに傷つけてしまっていることも多いのではないだろうか?
自分自身もよく考えていかないといけないなと思う。

今回の講演で特に印象に残ったこと。

当事者として支援者に求めることが「体験の共有。」と言っていたのが印象深かった。同じ目線で体験し、指導的になりすぎずにともに歩いていく姿勢が必要だと感じた。
これは、普段の関わりを含めて、おんらが村での毎月のイベントにも生かしていきたいと思う。

またこれまでは利用者との距離感は近すぎないよう指導されてきた。
でも、自分は違和感があったので、今は意識的に近づけるようにしている。
その方が短かで共に目標に歩んでいける気がしてたからね。

漫才や講演を聞いていて、松本ハウスも共に歩んでくれるキックの存在があったからこそ、乗り越えて今があるように感じた。
病気になってからも、変に距離を変えることなく友人として接し、「いつか再結成しよう。」という言葉を信じて、良くなった時に再結成した。

その絶妙な距離感が彼の励みにどれだけなったのだろうか?

共に歩んでいく姿勢。
個人的な感覚の差があるから難しいけれど、当事者もそういう関わりを求めていたんだって知って少し嬉しかった。

これからもより短かなサポーターとして関わっていきたいと思う。

ネタはどうかなと思ったけど話は面白かったです。